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秋咲きのひまわり:丸森

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現在体調的な理由により、更新等は難しい状態です。ごめんなさい。

病気休暇中

実を言うと、今月の初めから私は会社をお休み中です。毎日働きにでかけるということが自分の中で普通ではなくなり、心も体もしまいに動けなくなってしまいました。
思い当たる理由は幾つかあるけれど、そのどれをひらいても抜け出せると思えず、どうしたらいいのか全く分からなくなってしまったのです。
このページも、自分の好きな詩にいつでも触れていたいと思って以前に開いたのに、ちっとも振り向かなくなってしまっていて、休みに入ってから久しぶりに思い出しました。

ちょっとしたこと

私は普段、会社にバスで通っているのですが、今日は空気がひんやりとして気持ち良かったので、なんとなく歩いてみました。

その途中、黄葉して綺麗な山吹色になったケヤキの葉を拾ったので、それを手に持って歩いていると(少し大きくてポケットには入らず、そしてカバンも持ち歩いてないので)、何だかやたら人と目が合ってしまって、やっぱりそういうのって少し変わっているんですかね。銀杏とは違って、葉っぱは用途が分かりませんから。(19.11.10)

詩のpickup(好きな詩)

中原中也さんの詩の中から、好きな詩を10詩選びました。

  • 詩集「山羊の歌」から
    • 生ひ立ちの歌
      (私の上に降る雪は 真綿のやうでありました)
    • サーカス
      (幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました)
    • 少年時
      (黝い石に夏の日が照りつけ、 庭の地面が、朱色に睡つてゐた。)
    • 盲目の秋
      (風が立ち、浪が騒ぎ、 無限の前に腕を振る。)
  • 詩集「在りし日の歌」から
    • 頑是ない歌
      (思へば遠く来たもんだ 十二の冬のあの夕べ)
    • 春宵感懐
      (雨が、あがつて、風が吹く。 雲が、流れる、月かくす。)
    • 含羞
      (なにゆゑに こゝろかくは羞ぢらふ)
  • その他



生ひ立ちの歌



I

   幼年時
私の上に降る雪は
真綿《まわた》のやうでありました

   少年時
私の上に降る雪は
霙《みぞれ》のやうでありました

   十七―十九
私の上に降る雪は
霰《あられ》のやうに散りました

   二十―二十二
私の上に降る雪は
雹《ひよう》であるかと思はれた

   二十三
私の上に降る雪は
ひどい吹雪とみえました

   二十四
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました……

II

私の上に降る雪は
花びらのやうに降つてきます
薪《たきぎ》の燃える音もして
凍るみ空の黝《くろ》む頃

私の上に降る雪は
いとなよびかになつかしく
手を差伸べて降りました

私の上に降る雪は
熱い額に落ちもくる
涙のやうでありました

私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、神様に
長生したいと祈りました

私の上に降る雪は
いと貞潔でありました

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サーカス



幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処での一と殷盛《さか》り
    今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒《さか》さに手を垂れて
  汚れ木綿の屋蓋《やね》のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が
  安値《やす》いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯
  咽喉《のんど》が鳴ります牡蠣殻《かきがら》と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

屋外は真ッ闇 闇《くら》の闇
夜は刧々《こふこふ》と更けまする
落下傘奴《らくかがさめ》のノスタルヂアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

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少年時



黝《あをぐろ》い石に夏の日が照りつけ、
庭の地面が、朱色に睡つてゐた。

地平の果に蒸気が立つて、
世の亡ぶ、兆《きざし》のやうだつた。

麦田には風が低く打ち、
おぼろで、灰色だつた。

翔びゆく雲の落とす影のやうに、
田の面《も》を過ぎる、昔の巨人の姿――

夏の日の午《ひる》過ぎ時刻
誰彼の午睡《ひるね》するとき、
私は野原を走つて行つた……

私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦めてゐた……
噫《ああ》、生きてゐた、私は生きてゐた!

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盲目の秋





風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限の前に腕を振る。

その間《かん》、小さな紅《くれなゐ》の花が見えはするが、
  それもやがては潰れてしまふ。

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限のまへに腕を振る。

もう永遠に帰らないことを思つて
  酷白《こくはく》な嘆息するのも幾たびであらう……

私の青春はもはや堅い血管となり、
  その中を曼珠沙華《ひがんばな》と夕陽とがゆきすぎる。

それはしづかで、きらびやかで、なみなみと湛《たた》へ、
  去りゆく女が最後にくれる笑《ゑま》ひのやうに、

厳《おごそ》かで、ゆたかで、それでゐて佗《わび》しく
  異様で、温かで、きらめいて胸に残る……

     あゝ、胸に残る……

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限のまへに腕を振る。



これがどうならうと、あれがどうならうと、
そんなことはどうでもいいのだ。

これがどういふことであらうと、それがどういふことであらうと、
そんなことはなほさらどうだつていいのだ。

人には自恃《じじ》があればよい!
その余はすべてなるまゝだ……

自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、
ただそれだけが人の行ひを罪としない。

平気で、陽気で、藁束《わらたば》のやうにしむみりと、
朝霧を煮釜に填《つ》めて、跳起きられればよい!

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頑是ない歌



思へば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気《ゆげ》は今いづこ

雲の間に月はゐて
それな汽笛を耳にすると
竦然《しようせん》として身をすくめ
月はその時空にゐた

それから何年経つたことか
汽笛の湯気を茫然と
眼で追ひかなしくなつてゐた
あの頃の俺はいまいづこ

今では女房子供持ち
思へば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時までか
生きてゆくのであらうけど

生きてゆくのであらうけど
遠く経て来た日や夜《よる》の
あんまりこんなにこひしゆては
なんだか自信が持てないよ

さりとて生きてゆく限り
結局我《が》ン張る僕の性質《さが》
と思へばなんだか我《われ》ながら
いたはしいよなものですよ

考へてみればそれはまあ
結局我ン張るのだとして
昔恋しい時もあり そして
どうにかやつてはゆくのでせう

考へてみれば簡単だ
畢竟《ひつきやう》意志の問題だ
なんとかやるより仕方もない
やりさへすればよいのだと

思ふけれどもそれもそれ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気や今いづこ

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春宵感懐



雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。

なんだか、深い、溜息が、
 なんだかはるかな、幻想が、
湧くけど、それは、掴《つか》めない。
 誰にも、それは、語れない。

誰にも、それは、語れない
 ことだけれども、それこそが、
いのちだらうぢやないですか、
 けれども、それは、示《あ》かせない……

かくて、人間、ひとりびとり、
 こころで感じて、顔見合せれば
につこり笑ふといふほどの
 ことして、一生、過ぎるんですねえ

雨が、あがつて、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。

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含羞



なにゆゑに こゝろかくは羞《は》ぢらふ
秋 風白き日の山かげなりき
椎の枯葉の落窪に
幹々は いやにおとなび彳《た》ちゐたり

枝々の 拱《く》みあはすあたりかなしげの
空は死児等の亡霊にみち まばたきぬ
をりしもかなた野のうへは
あすとらかんのあはひ縫ふ 古代の象の夢なりき

椎の枯葉の落窪に
幹々は いやにおとなび彳ちゐたり
その日 その幹の隙 睦みし瞳
姉らしき色 きみはありにし

その日 その幹の隙《ひま》 睦みし瞳
姉らしき色 きみはありにし
あゝ! 過ぎし日の 仄《ほの》燃えあざやぐをりをりは
わが心 なにゆゑに なにゆゑにかくは羞ぢらふ……

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ポロリ、ポロリと死んでいく



俺の全身《ごたい》よ、雨に濡れ 
富士の裾野に倒れたり      
               詠人不詳

ポロリ、ポロリと死んでゆく
みんな分れてしまふのだ。
呼んだつて、帰らない。
   なにしろ、此の世とあの世だから叶わない。

今夜《いま》にして、俺はやつとこ覚《さと》るのだ、
白々しい自分であつたと。
そしてもう、むらみやたらにやりきれぬ。
   (あの世からでも、俺から奪へるものでもあつたら奪つてくれ)

それにしてもが過ぐる日は、なんと浮はついてゐたことだ。
あますなきみぢめな気持である時も
随分いい気でゐたものだ。
   (おまへの訃報に遇ふまでを、浮かれてゐたとはどうもはや。)

風が吹く
あの世も風は吹いてるか?
熱にほてつたその頬に、風をうけ
正直無比な目で以《もつ》て、
おまへは私に話したがつてるのかも知しれない…

その夜、私は目を覚ます。
障子は破れ、風は吹き、
まるでこれでは戸外《そと》に寝てるも同様だ。

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幼年囚の歌





こんなに酷《ひど》く後悔する自分を、
それでも人は、苛《いぢ》めなければならないのか?
でもそれは、苛めるわけではないのか?
さうせざるを得ないといふのか?

人よ、君達は私の弱さを知らなさすぎる。
夜《よ》も眠れずに、自《みづか》らを嘆くこの男を、
君達は知らないのだ、嘆きのために、
果物にもパンにももう飽《あ》かしめられたこの男を。

君達は知らないのだ、神のほか、地上にはもうよるべのない、
冬の夜《よ》は夜空のもとに目も耳もないこの悲しみを。
それにしてもと私は思ふ、

この明瞭なことが、どうして君達には見えないのだらう?
どうしてだ? どうしてだ?
君達は、自疑《じぎ》してるのだと私は思ふ……



今夜《こよ》はまた、かくて呻吟《しんぎん》するものを、
明日《あす》の日は、また罪犯す吾《われ》なるぞ。
かくて幾たび幾そたび繰返すとも悟らぬは、
いかなる呪《のろ》ひのためならむ。

かくは烈しく呻吟し
かくは間《ま》なくし罪つくる。
繰返せども返せども、
つねに新し、たびたびに。

かくは烈しく呻吟し、
などてはまたも繰返す?
かくはたびたび繰返し、
などては進みもなきものか?

われとわが身にあらそへば
人の喜び、悲しみも、
ゼラチン透《す》かし見るごとく
かなしくもまたおどけたり。

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汚れちまった悲しみに…



汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとえば狐の革袋
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる…

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詩のpickup(好きな詩)

立原道造さんの詩の中から、好きな詩を10詩選びました。

  • 詩集「萱草に寄す」から
    • 夏花の歌
      (それはあの日の夏のこと! いつの日にか もう返らない夢のひととき)
    • 夏の弔ひ
      (逝いた私の時たちが 私の心を金にした 傷つかぬやう傷は早く愎るやうにと)
    • のちのおもひに
      (夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に)
    • わかれる昼に
      (ゆさぶれ 青い梢を もぎとれ 青い木の実を)
  • 詩集「暁と夕の歌」から
    • 溢れひたす闇に
      (美しいものになら ほほゑむがよい 涙よ いつまでも かはかずにあれ)
  • 詩集「優しき歌」から
    • さびしき野辺
      (いま だれかが 私に 花の名を ささやいて行つた)
    • 夢見たものは…
      (夢見たものは ひとつの幸福 ねがつたものは ひとつの愛)
  • その他
    • 天の誘ひ
      (死んだ人なんかゐないんだ。 どこかへ行けば、きつといいことはある。)
    • ひとり林に……
      (山のみねの いただきの ぎざぎざの上)
    • ひとり林に……
      (だれも 見てゐないのに 咲いてゐる 花と花 だれも きいてゐないのに 啼いてゐる 鳥と鳥)



夏花の歌



その一

空と牧場のあひだから ひとつの雲が湧きおこり
小川の水面に かげをおとす
水の底には ひとつの魚が
身をくねらせて 日に光る

それはあの日の夏のこと!
いつの日にか もう返らない夢のひととき
黙つた僕らは 足に藻草をからませて
ふたつの影を ずるさうにながれにまかせて揺らせてゐた

……小川の水のせせらぎは
けふもあの日とかはらずに
風にさやさや ささやいてゐる

あの日のをとめのほほゑみは
なぜだか 僕は知らないけれど
しかし かたくつめたく 横顔ばかり

その二

あの日たち 羊飼ひと娘のやうに
たのしくばつかり過ぎつつあつた
何のかはつた出来事もなしに
何のあたらしい悔ゐもなしに

あの日たち とけない謎のやうな
ほほゑみが かはらぬ愛を誓つてゐた
薊の花やゆふすげにいりまじり
稚い いい夢がゐた――いつのことか!

どうぞ もう一度 帰つておくれ
青い雲のながれてゐた日
あの昼の星のちらついてゐた日……

あの日たち あの日たち 帰つておくれ
僕は 大きくなつた 溢れるまでに
僕は かなしみ顫へてゐる

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夏の弔ひ



逝《ゆ》いた私の時たちが
私の心を金《きん》にした 傷つかぬやう傷は早く愎るやうにと
昨日と明日との間には
ふかい紺青《こんじょう》の溝がひかれて過ぎてゐる

投げて捨てたのは
涙のしみの目立つ小さい紙のきれはしだつた
泡立つ白い波のなかに 或る夕べ
何もがすべて消えてしまつた! 筋書きどほりに

それから 私は旅人になり いくつも過ぎた
月の光にてらされた岬々の村々を
暑い 涸いた野を

おぼえてゐたら! 私はもう一度かへりたい
どこか? あの場所へ(あの記憶がある
私が待ち それを しづかに諦めた――)

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のちのおもひに



夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を

うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
――そして私は
見て來たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

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わかれる昼に



ゆさぶれ 青い梢を
もぎとれ 青い木の実を
ひとよ 昼はとほく澄みわたるので
私のかへつて行く故里が どこかにとほくあるやうだ

何もみな うつとりと今は親切にしてくれる
追憶よりも淡く すこしもちがはない静かさで
単調な 浮雲と風のもつれあひも
きのふの私のうたつてゐたままに

弱い心を 投げあげろ
噛みすてた青くさい核《たね》を放るやうに
ゆさぶれ ゆさぶれ

ひとよ
いろいろなものがやさしく見いるので
唇を噛んで 私は憤ることが出来ないやうだ

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溢れひたす闇に



美しいものになら ほほゑむがよい
涙よ いつまでも かはかずにあれ
陽は 大きな景色のあちらに沈みゆき
あのものがなしい 月が燃え立つた

つめたい!光にかがやかされて
さまよひ歩くかよわい生き者たちよ
己は どこに住むのだらう――答へておくれ
夜に それとも昼に またうすらあかりに?

己は 甞《かつ》てだれであつたのだらう?
(誰でもなく 誰でもいい 誰か――)
己は 恋する人の影を失つたきりだ

ふみくだかれてもあれ 己のやさしかつた望み
己はただ眠るであらう 眠りのなかに
遺された一つの憧憬《どうけい》に溶けいるために

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さびしき野辺



いま だれかが 私に
花の名を ささやいて行つた
私の耳に 風が それを告げた
追憶の日のやうに

いま だれかが しづかに
身をおこす 私のそばに
もつれ飛ぶ ちひさい蝶らに
手をさしのべるやうに

ああ しかし と
なぜ私は いふのだろう
そのひとは だれでもいい と

いま だれかが とほく
私の名を 呼んでゐる……ああ しかし
私は答へない おまへ だれでもないひとに

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夢見たものは



夢見たものは ひとつの幸福
ねがつたものは ひとつの愛
山なみのあちらにも しづかな村がある
明るい日曜日の 青い空がある

日傘をさした 田舎の娘らが
着かざつて 唄をうたつてゐる
大きなまるい輪をかいて
田舎の娘らが 踊りををどつてゐる

告げて うたつてゐるのは
青い翼の一羽の 小鳥
低い枝で うたつてゐる

夢見たものは ひとつの愛
ねがつたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と

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天の誘ひ



 死んだ人なんかゐないんだ。
 どこかへ行けば、きつといいことはある。

 夏になつたら、それは花が咲いたらといふことだ、高原を林深く行かう。もう母もなく、おまへもなく。つつじや石榴の花びらを踏んで。ちようどついこの間、落葉を踏んだやうにして。
 林の奥には、そこで世界がなくなるところがあるものだ。そこまで歩かう。それは麓《ふもと》をめぐつて山をこえた向うかも知れない。誰にも見えない。
 僕はいろいろな笑い声や泣き声をもう一度思い出すだらう。それからほんとうに叱られたことのなかつたことを。僕はそのあと大きなまちがひをするだろう。今までのまちがひがそのためにすつかり消える。

 人は誰でもがいつもよい大人になるとは限らないのだ。美しかつたすべてを花びらに埋めつくして、霧に溶けて。

 さようなら。

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ひとり林に……



山のみねの いただきの ぎざぎざの上
あるのは 青く淡い色 あれは空
空のかげに かがやく日 空のおくに
ながれる雲……私はおもふ 空のあちこちを

夏の日に咲いてゐた 百合の花も ゆふすげも
薊(あざみ)の花も かたい雪の底に かくれてゐる
みどりの草も いまはなく 梢の影が
葵色の こまかい線を 編んでゐる

ふと過ぎる……あれは頬白 あれは鶸(ひは)!
透いた林のあちらには 山のみねのぎざぎざが
ながめてゐる 私を 私たちを 村を――

すべてに 休みがある ふかい息をつきながら
耳からとほく 風と風とが ささやきかはしてゐる
――ああ この真白い野に 蝶を飛ばせよ!……

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ひとり林に……



だれも 見てゐないのに
咲いてゐる 花と花
だれも きいてゐないのに
啼いてゐる 鳥と鳥

通りおくれた雲が 梢の
空たかく ながされて行く
青い青いあそこには 風が
さやさや すぎるのだらう

草の葉には 草の葉のかげ
うごかないそれの ふかみには
てんたうむしが ねむつてゐる

うたふやうな沈黙《しじま》に ひたり
私の胸は 溢れる泉! かたく
脈打つひびきが時を すすめる

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電信柱の軍歌7※

ドツテテドツテテ、ドツテテド
でんしんばしらのぐんたいの
その名せかいにとゞろけり。


※便宜上意図する題を編者が付した。
底本:「宮沢賢治全集8」筑摩書房(昭和61年)