感想
- 特有のボイラー音から機械室へと、私にはなじみのある場所である。巨大な機械な割りに人は少なく、すこし薄暗いなかで蛍の光の幻影を見る所から話が始まる。都会の騒々しい街からではなく、普段人目につくことのない裏側から、自然へと静寂さのつながりが見事だと思う。年代物の木質鮮やかな校舎、針葉樹林に覆われた棚田と、終始自然の美しさに満ちている映画であった。ストーリーにおいては、かつての自分と同じ状況である比加里を、蛍を通じて心を通い合わせ、比加里の心を満たすと共に、自分も恩師に見守られ認められるいるという、まとまりのあるすばらし演出であった。人には生存の理由はわっていないが、生きていく過程で人は心の補完を行っていくという持論にも通じるものであった。
私が着目した3つの点を以下にまとめた。1.自然の風景、2.先生という仕事、3.蛍が飛ぶとき一番会いたい人に会える。- 東北人である私にとっては、平野に田んぼがどこまでも広がる風景は見慣れた物である。青々とした野原から黄金色の絨毯まで、田んぼと聞くとそのような景色が脳裏にイメージされる。しかし、棚田は写真でしか見たことがなく、段々畑はあるのだが、畑には夕日が写ったりしないので別格の趣があるのだろう。稲がまだ植わっていない棚田の状態で、山の上から夕日を写した水面を眺めたり、青々とした稲が上へと続いているのを地べたに横たわり下から覗き込んでみたり、ぜひ出かけて見たいものである。
監督はこの作品を取るに当たって、クランクインの8ヶ月前から棚田の風景を、水田から稲の実りまで、季節を通じて撮影したのだそうである。DVDを出す際には、初回限定でもいいので、ぜひその映像も入れて欲しいものである。 - 先生と言う仕事は大変な仕事らしい。小学校の先生は全教科教えなければならない。映画のシーンにもあったが、音楽もその中には含まれており、友人の妹も兄に習って必死に練習したそうだ。教師としての日々は、テストの採点・イベントの準備・学級新聞の発行の上に、研究発表などもあり、PTAや地域対策と寝る暇を削らなければならないのではないだろうか。私は仕事の関係で一昨年小学校に何度か出入りしたのだが、外に出て一日がかりの授業をしたりするのは、一年前ぐらいから計画を立てなければいけないそうである。それぐらいびっしり普段の予定が入っているのだそうだ。ちなみに、給食を食べないといけない回数とかもあるとか。しかし、そのような大変な仕事に堪えられるのは、生徒の成長と笑顔が見られるからだそうだ。本当かと思ったが、実際私もそのような気持ちになったりもした。一つの学校行事を手伝った後、お世話になった人達への感謝会をすることになり私も呼ばれたのだが(他の招待客に比べて私の貢献度は30%ぐらいだったのだが)、最後に子供達が泣いているのを見て、うかつにも涙をこらえなければいけない男のつらさを味わうこととなった。学校の先生は、忙しいがそれだけやりがいのある仕事だと思う。ぜひ、現在教員の人や、これから教員を目指す人にはがんばって欲しいと思う。
- 蛍が飛んだとき、比加里には母親が、元には瀧口先生が現れたが、役所広司の微笑みと頷きに、私はすっかりまいってしまった。映画館は暗い、おまけに一人で見に行ったもので(いつも一人ですが)、何の恥じらいもなく感動の涙が滝の様に流れ落ちる事になった。あの微笑みの演技は見事だった。もちろん映画の中で一番印象に残った箇所である。なぜそこまでの事になるかを語らせていただく。子供時代の世界は、自分を中心とした人の範囲であり、親の存在は絶対ある。子供にとって親は自分をどんな時でも放さず見守ってくれる唯一絶対の人であり、その親に見捨てられたとしたら孤独になりぐれて行くのは明らかだ。もちろん、叱る事もその中には含まれる。誰も他の人が叱らなくても、悪いことに対して親は叱らなくてはならない。そしてその次に自分を見守ってくれる人となるのが先生なのだろう。瀧口先生は親の次に来る人として、元に絶対の信頼を与えた。その心を補完された思いは元の中に溢れており、自分もそのような先生になりたいという熱意を持って元は望んでいるはずである。自分の進退をかけて蛍を飼育する、それは比加里を守るだけでなく、自分の思いをもまた守っているのである。そのことを考えれば、役所広司の微笑みと頷きには、あなたも涙を流さずにはいられないだろう。
- 東北人である私にとっては、平野に田んぼがどこまでも広がる風景は見慣れた物である。青々とした野原から黄金色の絨毯まで、田んぼと聞くとそのような景色が脳裏にイメージされる。しかし、棚田は写真でしか見たことがなく、段々畑はあるのだが、畑には夕日が写ったりしないので別格の趣があるのだろう。稲がまだ植わっていない棚田の状態で、山の上から夕日を写した水面を眺めたり、青々とした稲が上へと続いているのを地べたに横たわり下から覗き込んでみたり、ぜひ出かけて見たいものである。