2006-10-01から1ヶ月間の記事一覧

少年にして早う名を成すは禍なりと云へど、しら髮かきたれて身はさらぼひながら、あるかとも問はれざる生きがひなさにくらぶれば、猶、人と生れて有らまほしくはえばえしきわざなりかし。それも今様のはやりをたちが好む、ただかりそめの名聞ならば爪弾《ツ…

めしひの少女

『日は照るや。』声は青空《あをぞら》 白鶴《しらつる》の遠きかが啼き、── ひむがしの海をのぞめる 高殿《たかどの》の玉の階《きざはし》 白石《しらいし》の柱に凭《よ》りて、 かく問《と》ひぬ、盲目《めしひ》の少女《をとめ》。 答《こた》ふらく、…

草苺

青草《あをぐさ》かほる丘《をか》の下《もと》、 小唄《こうた》ながらに君過《す》ぐる。 夏の日ざかり、野良《のら》がよひ、 駒《こま》の背《せ》にして君過ぐる。 君くると見てかくれける 丘の草間《くさま》の夏苺《なついちご》、 日照《ひで》りに…

凌霄花

鐘楼《しゆろう》の柱《はしら》まき上《あ》げて あまれる蔓《つる》の幻と 流れて石の階《きざはし》の 苔《こけ》に垂れたる夏の花、 凌霄花《のうぜんかづら》かがやかや。 花を被《かづ》きて物思《ものも》へば、 現《うつゝ》ならなく夢ならぬ ただ影…

小田屋守

身は鄙《ひな》さびの小田屋守《をだやもり》、 苜蓿《まごやし》白き花床《はなどこ》の 日照《ひで》りの小畔《をぐろ》、まろび寝て、 足《た》るべらなりし田子《たご》なれば、 君を恋ふとはえも云へね、 水無月《みなづき》蛍とび乱れ、 暖《ぬる》き…

青鷺

隠沼《こもりぬま》添《ぞ》ひの丘《をか》の麓《を》、 漆《うるし》の木立《こだち》時雨《しぐ》れて 秋の行方《ゆくへ》をささと たづねて過《す》ぎし跡や、 青鷦色《やまばといろ》の霜《しも》ばみ、 斑《まだら》らの濡葉《ぬれば》仄《ほの》に ゆ…

森の葉を蒸《む》す夏照《なつで》りの かがやく路のさまよひや、 つかれて入りし楡《にれ》の木の 下蔭に、ああ瑞々《みづみづ》し、 百葉《もゝは》を青《あを》の御統《みすまる》と 垂《た》れて、浮けたる夢の波、 真清水透《とほ》る小泉よ。 いのちの…

落櫛

磯回《いそは》の夕《ゆふ》のさまよひに 砂に落ちたる牡蠣《かき》の殻《から》 拾《ひろ》うて聞けば、紅《くれなゐ》の 帆かけていにし曽保船《そぼふね》の ふるき便《たより》もこもるとふ 青潮《あをうみ》遠きみむなみの 海の鳴る音もひびくとか。 古…

傘のぬし

柳《やなぎ》の門《かど》にたたずめば、 胸の奥より擣《つ》くに似る 鐘がさそひし細雨《ほそあめ》に ぬれて、淋《さび》しき秋の暮、 絹《きぬ》むらさきの深張《ふかばり》の 小傘《をがさ》を斜《はす》に、君は来ぬ。 もとより夢のさまよひの 心やさし…

白鵠

愁ひある日を、うら悲し 鵠《かう》の鳴く音の堪へがたく、 水際《みぎは》の鳥屋《とや》の戸をあけて 放《はな》てば、あはれ、白妙《しろたへ》の 蓮《はす》の花船《はなぶね》行くさまや、 羽搏《はう》ち静かに、秋の香の 澄《す》みて雲なき青空を、 …

あさがほ

ああ百年《ひやくねん》の長命《ちやうめい》も 暗の牢舎《ひとや》に何かせむ。 醒《さ》めて光明《ひかり》に生《い》くるべく、 むしろ一日《ひとひ》の栄願《はえなが》ふ。 寝《ね》がての夜のわづらひに 昏耗《ほほ》けて立てる朝の門《かど》、 (こ…

救済の綱

わづらはしき世の暗の路に、 ああ我れ、久遠《くをん》の恋もえなく、 狂ふにあまりに小さき身ゆゑ、 ただ『死』の海にか、とこしへなる 安慰よ、真珠《またま》と光らむとて、 渦巻《うづま》く黒潮《くろしほ》下《した》に見つつ、 飛《と》ばむの刹那《…

古瓶子

うてば坎々《かんかん》音さぶる 素焼《すやき》の、あはれ、煤《すす》びし古瓶子《ふるへいじ》、 注《つ》げや、滓《をり》まで、いざともに 冬の夜寒《よさむ》を笑はなむ。 今宵《こよひ》雪降る。世の罪の かさむが如く、暇《ひま》なく雪は降《ふ》る…

落葉の煙

青桐《あをぎり》、楓《かへで》、朴《ほう》の木の 落葉《おちば》あつめて、朝の庭、 焚《た》けば、秋行くところまで、 けむり一条蕭条《いちすぢしやうでう》と 蒼《あを》小渦《ささうづ》の柱《はしら》して、 天《あめ》のもなかを指ざしぬ。 ああほ…

暁霧

熟睡《うまい》の床をのがれ行く 夢のわかれに身も覚《さ》めて、 起きてあしたの戸に凭《よ》れば、 市の住居《すまゐ》の秋の庭 閉ぢぬる霧の犇々《ひしひし》と 迫りて、胸にい捲き寄る。 ああ清らなる夢の人、 溷《にご》る巷《ちまた》の活動《くわつど…

祭の夜

踊《をど》りの群《むれ》の大《おほ》なだれ、 酒に、晴着《はれぎ》に、どよめきに、 市の祭《まつり》の夜の半ば、 我は愁ひに追はれつつ、 秋の霧野《きりの》をあてもなく 袂も重くさまよひぬ。 歩みにつれて、迫りくる 霧はますます深く閉《と》ぢ、 …

電光

暗をつんざく雷光《いなづま》の 花よ、光よ、またたきよ、 流れて消えてあと知らず、 暗の綻《ほころ》び跡とめず。 去りしを、遠く流れしを、 束《つか》の間、──ただ瞬きの閃《ひら》めきの はかなき影と、さなりよ、ただ『影』と 見もせば、如何に我等の…

心の声((七章))

うばらの冠

銀燭《ぎんしよく》まばゆく、葡萄の酒は薫《くん》じ、 玉装《ぎよくそう》花袖《くわしう》の人皆酔《ゑ》にけらし。 ふけ行く夜をも忘《ぼう》じて、盃《はい》をあぐる こやこれ歓楽つきせぬ夏の宴《うたげ》。 人皆黄金のかがやく冠《かんむり》つけて…

夢の宴

一 幻にほふ花染《はなぞめ》の 朧《おぼろ》や、卯月《うつき》、夜を深み、 春の使《つかひ》の風の児《こ》は やはら光翅《つやば》の羽衣を 花充《み》つ枝にぬぎかけて、 熟睡《うまい》もなかの苑《その》の中 千株桜《ちもとざくら》の香の夢の おぼ…

二つの影

浪の音《ね》の 楽《がく》にふけ行く 荒磯辺《ありそべ》の夜《よる》の砂、 打ふみて我は辿りぬ。 海原にかたぶける 秋の夜の月は円《まろ》し。 ふと見れば、 ましろき砂に 影ありて際《きは》やかに、 わが足の歩みはこべば、 影も亦歩みつつ、 手あぐれ…

眠れる都

(京に入りて間もなく宿りける駿河台の新居、窓を 開けば、竹林の突下、一望甍の谷ありて眼界を埋め たり。秋なれば夜毎に、甍の上は重き霧、霧の上に 月照りて、永く山村僻陬の間にありし身には、いと 珍らかの眺めなりしか。一夜興をえて匆々筆を染め ける…

のぞみ

一 やなぎ洩る 月はかすかに 額《ぬか》を射て、ほの白し。 かすかなる『のぞみ』の歌は、 砂原にうちまろぶ 若人《わかうど》の琴にそひぬ。 つきかげは やや傾ぶきぬ。 川柳《かはやぎ》に風やみぬ。 おもへらく、ああ我が望み、 かたぶきぬ、衰ろへぬ。 …

炎の宮

女《をみな》は熱にをかされて 終焉《いまは》の床に叫ぶらく、── 『我は炎《ほのほ》の宮を見き。 宮は、初めは生命の 緑にもゆる若き火の、 たちまちかはる生火渦《いくほうづ》、 赤竜《せきりゆう》をどる天塔《てんたふ》や。 見ませ今はた漸々《やうや…

壁画

破壊《はゑ》が住みける堂の中、 讃者《さんじや》群れにしいにしへの さかえの色を猶とめて 壁画《かべゑ》は壁に虫ばみぬ。 おもひでこそは我胸の かべゑなるらし。熄《き》えぬ火の 炎のかほり伝へつつ、 沈黙《しゞま》に曳《ひ》ける恋の影。 古《ふ》…

天火盞

恋は、天照《あまて》る日輪《にちりん》の みづから焼けし蝋涙《ろふるい》や、 こぼれて、地に盲《し》ひし子が 冷《ひえ》にとぢける胸の戸の 夢の隙《すき》より入りしもの。 夢は、夢なる野の小草、 草が天《あま》さす隙間《すきま》より おちし一点《…

枯林

うち重《かさ》む楢《なら》の朽葉《くちば》の 厚衣《あつごろも》、地《つち》は声なく、 雪さへに樹々《きゞ》の北蔭《きたかげ》 白銀《しろがね》の楯《たて》に掩へる 冬枯の丘の林に、 日をひと日、吹き荒《すさ》みたる 凩《こがらし》のたたかい果…

江上の曲

水緩《ゆる》やかに、白雲《しらくも》の 影をうかべて、野を劃《かぎ》る 川を隔《へだ》てて、西東、 西の館《やかた》ににほひ髪 あでなる姫の歌絶えず、 東の岸の草蔭に 牧《まき》の子ひとり住《すま》ひけり。 姫が姿は、弱肩《よわがた》に 波うつ髪…

あこがれ(3)

目次3*1 江上の曲 枯林 天火盞 壁画 炎の宮 のぞみ 眠れる都 二つの影 夢の宴 うばらの冠 心の声 電光 祭の夜 暁霧 落葉の煙 古瓶子 救済の綱 あさがほ 白鵠 傘のぬし 落櫛 泉 青鷺 小田屋守 凌霄花 草苺 めしひの少女 跋 *1:字数の関係から3つに分けた

あゆみ

始めなく、また終りなき 時を刻むと、柱なる 時計の針はひびき行け。 せまく、短かく、過ぎやすき いのち刻むと、わが足《あし》は ひねもす路を歩むかも。 (九月十九日夜) 『秋風高歌』畢 目次に戻る