2006-07-01から1ヶ月間の記事一覧

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このサイトについて 詩人の紹介及び詩の掲載を行っています。 詩人の名前から詩を探す場合は、左<メニュー>「詩の紹介」から、詩のタイトルから探す場合は、その下<日記の検索(一覧)>をご活用下さい。(詳細) リンクはご自由にどうぞ。 6・7月の更…

故田中恭吉氏の芸術に就いて

雑誌「月映」を通じて、私が恭吉氏の芸術を始めて知ったのは、今から二年ほど以前のことである。当時、私があのすばらしい芸術に接して、どんなに驚異と嘆美の瞳をみはったかと言うことは、殊更に言うまでもないことであろう。実に私は自分の求めている心境…

挿画附言

萩原君の詩はおおよそ独特なものだ。その独特さに共通した心緒を持つ故田中恭吉がその挿画を完成しないで逝いたのは遺憾なことだ。ただその画稿が残っていたことがせめてもの幸いでした。彼の最後の手紙に 「私はとうてい筆をとれない私の熱四十度を今二三度…

挿画附言

朔太郎兄 私の肉体の分解が遠くないという予覚が私の手を着実に働かせてくれました。兄の詩集の上梓《じょうし》されるころ私の影がどこにあるかと思うさえ微笑されるのです。 私はまず思っただけの仕事を仕上げました。この一年は貴重な付加でした。 いろん…

詩集附録

健康の都市

君が詩集の終わりに 大正2年の春もおしまいのころ、私は未知の友から一通の手紙をもらった。私が当時雑誌ザムボアに出した小景異情という小曲風な詩について、今の詩壇では見ることのできない純な真実なものである。これから君はこの道を行かれるように祈る…

月に吠える(2)

目次*1 跋 健康の都市 詩集附録 挿画附言 挿画附言 故田中恭吉氏の芸術に就いて *1:字数の関係から2つに分け、跋文から(2)に分けた。

子供は笛が欲しかつた。 その時子供のお父さんは書きものをして居るらしく思はれた。 子供はお父さんの部屋をのぞきに行つた。 子供はひつそりと扉《とびら》のかげに立つて居た。 扉のかげにはさくらの花のにほひがする。 そのとき室内で大人《おとな》はか…

雲雀の巣

おれはよにも悲しい心を抱いて故郷《ふるさと》の河原を歩いた。 河原には、よめな、つくしのたぐひ、せり、なづな、すみれの根もぼうぼうと生えてゐた。 その低い砂山の蔭には利根川がながれてゐる。ぬすびとのやうに暗くやるせなく流れてゐる。 おれはじつ…

長詩二篇

田舎を恐る

わたしは田舎をおそれる、 田舎の人気のない水田の中にふるへて、 ほそながくのびる苗の列をおそれる。 くらい家屋の中に住むまづしい人間のむれをおそれる。 田舎のあぜみちに坐つてゐると、 おほなみのやうな土壌の重みが、わたしの心をくらくする、 土壌…

白い共同椅子

森の中の小径にそうて、 まつ白い共同椅子がならんでゐる、 そこらはさむしい山の中で、 たいそう緑のかげがふかい、 あちらの森をすかしてみると、 そこにもさみしい木立がみえて、 上品な、まつしろな椅子の足がそろつてゐる。 目次に戻る

孤独

田舎の白つぽい道ばたで、 つかれた馬のこころが、 ひからびた日向の草をみつめてゐる、 ななめに、しのしのとほそくもえる、 ふるへるさびしい草をみつめる。 田舎のさびしい日向に立つて、 おまへはなにを視てゐるのか、 ふるへる、わたしの孤独のたましひ…

海水旅館

赤松の林をこえて、 くらきおほなみはとほく光つてゐた、 このさびしき越後の海岸、 しばしはなにを祈るこころぞ、 ひとり夕餉《ゆふげ》ををはりて、 海水旅館の居間に灯《ひ》を点ず。 くぢら浪海岸にて 目次に戻る

山に登る

旅よりある女に贈る 山の山頂にきれいな草むらがある、 その上でわたしたちは寝ころんで居た。 眼をあげてとほい麓の方を眺めると、 いちめんにひろびろとした海の景色のやうにおもはれた。 空には風がながれてゐる、 おれは小石をひろつて口《くち》にあて…

蛙よ

蛙《かへる》よ、 青いすすきやよしの生えてる中で、 蛙《かへる》は白くふくらんでゐるやうだ、 雨のいつぱいにふる夕景に、 ぎよ、ぎよ、ぎよ、ぎよ、と鳴く蛙《かへる》。 まつくらの地面をたたきつける、 今夜は雨や風のはげしい晩だ、 つめたい草の葉つ…

青樹の梢をあふぎて

まづしい、さみしい町の裏通りで、 青樹がほそほそと生えてゐた。 わたしは愛をもとめてゐる、 わたしを愛する心のまづしい乙女を求めてゐる、 そのひとの手は青い梢の上でふるへてゐる、 わたしの愛を求めるために、いつも高いところでやさしい感情にふるへ…

見しらぬ犬

この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる、 みすぼらしい、後足でびつこをひいてゐる不具《かたわ》の犬のかげだ。 ああ、わたしはどこへ行くのか知らない、 わたしのゆく道路の方角では、 長屋の家根がべらべらと風にふかれてゐる、 道ばたの陰気な空地では…

見知らぬ犬

さびしい人格

さびしい人格が私の友を呼ぶ、 わが見知らぬ友よ、早くきたれ、 ここの古い椅子に腰をかけて、二人でしづかに話してゐよう、 なにも悲しむことなく、きみと私でしづかな幸福な日をくらさう、 遠い公園のしづかな噴水の音をきいて居よう、 しづかに、しづかに…

肖像

あいつはいつも歪んだ顔をして、 窓のそばに突つ立つてゐる、 白いさくらが咲く頃になると、 あいつはまた地面の底から、 むぐらもちのやうに這ひ出してくる、 ぢつと足音をぬすみながら、 あいつが窓にしのびこんだところで、 おれは早取写真にうつした。 …

白い月

はげしいむし歯のいたみから、 ふくれあがつた頬つぺたをかかへながら、 わたしは棗《なつめ》の木の下を掘つてゐた、 なにかの草の種を蒔かうとして、 きやしやの指を泥だらけにしながら、 つめたい地べたを堀つくりかへした、 ああ、わたしはそれをおぼえ…

五月の貴公子

若草の上をあるいてゐるとき、 わたしの靴は白い足あとをのこしてゆく、 ほそいすてつきの銀が草でみがかれ、 まるめてぬいだ手ぶくろが宙でおどつて居る、 ああすつぱりといつさいの憂愁をなげだして、 わたしは柔和の羊になりたい、 しつとりとした貴女《…

恋を恋する人

わたしはくちびるにべにをぬつて、 あたらしい白樺の幹に接吻した、 よしんば私が美男であらうとも、 わたしの胸にはごむまりのやうな乳房がない、 わたしの皮膚からはきめのこまかい粉おしろいのにほひがしない、 わたしはしなびきつた薄命男だ、 ああ、な…

愛憐

きつと可愛いかたい歯で、 草のみどりをかみしめる女よ、 女よ、 このうす青い草のいんきで、 まんべんなくお前の顔をいろどつて、 おまへの情欲をたかぶらしめ、 しげる草むらでこつそりあそぼう、 みたまへ、 ここにはつりがね草がくびをふり、 あそこでは…

さびしい情慾

贈物にそへて

兵隊どもの列の中には、 性分のわるいものが居たので、 たぶん標的の図星をはづした。 銃殺された男が、 夢のなかで息をふきかへしたときに、 空にはさみしいなみだがながれてゐた。 『これはさういふ種類の煙草です』 目次に戻る

春の実体

かずかぎりもしれぬ虫けらの卵にて、 春がみつちりとふくれてしまつた、 げにげに眺めみわたせば、 どこもかしこもこの類の卵にてぎつちりだ。 桜のはなをみてあれば、 桜のはなにもこの卵いちめんに透いてみえ、 やなぎの枝にも、もちろんなり、 たとへば蛾…

くさつた蛤

半身は砂のなかにうもれてゐて、 それで居てべろべろ舌を出して居る。 この軟体動物のあたまの上には、 砂利《じやり》や潮《しほ》みづが、ざら、ざら、ざら、ざら流れてゐる、 ながれてゐる、 ああ夢のやうにしづかにもながれてゐる。 ながれてゆく砂と砂…