2006-01-01から1年間の記事一覧

歌のpickup(家族について)

石川啄木さんの歌の中から、家族・友人に関する歌を数点選びました。 父 母 兄弟姉妹 妻子 友人 父 ふるさとの父の咳《せき》する度《たび》に斯《か》く 咳の出《い》づるや 病《や》めばはかなし よく怒る人にてありしわが父の 日ごろ怒らず 怒れと思ふ か…

極光

懺悔者の背後には美麗な極光がある。 目次に戻る ルビは《》で示した。 旧字体は新字体に直した。 親本:「萩原朔太郎全集」筑摩書房 (昭和50年) 初出:「蝶を夢む」新潮社(大正12年)

Omega の瞳

死んでみたまへ、屍蝋の光る指先から、お前の霊がよろよろとして昇発する。その時お前は、ほんたうにおめがの青白い瞳《め》を見ることができる。それがお前の、ほんたうの人格であつた。 ひとが猫のやうに見える。 目次に戻る

放火、殺人、窃盗、夜行、姦淫、およびあらゆる兇行をして柳の樹下に行はしめよ。夜において光る柳の樹下に。 そもそも柳が電気の良導体なることを、最初に発見せるもの先祖の中にあり。 手に兇器をもつて人畜の内臓を電裂せんとする兇賊がある。 かざされた…

吠える犬

月夜の晩に、犬が墓地をうろついてゐる。 この遠い、地球の中心に向つて吠えるところの犬だ。 犬は透視すべからざる地下に於て、深くかくされたるところの金庫を感知することにより。 金庫には翡翠および夜光石をもつて充たされたることを感応せることにより…

散文詩 四篇

「月に吠える」前派の作品

くさつた蛤

半身は砂のなかにうもれてゐて それでゐてべろべろと舌を出してゐる。 この軟体動物のあたまの上には 砂利や潮みづがざらざらざらざら流れてゐる ながれてゐる ああ夢のやうにしづかにながれてゐる。 ながれてゆく砂と砂との隙間から 蛤はまた舌べろをちらち…

榛名富士

その絶頂《いただき》を光らしめ とがれる松を光らしめ 峰に粉雪けぶる日も 松に花鳥をつけしめよ ふるさとの山遠遠《とほどほ》に くろずむごとく凍る日に 天景をさへぬきんでて 利根川の上《へ》に光らしめ 祈るがごとく光らしめ。 ――郷土風物詩―― 目次に…

緑蔭倶楽部

都のみどりば瞳《ひとみ》にいたく 緑蔭倶楽部の行楽は ちまたに銀をはしらしむ 五月はじめの朝まだき 街樹の下に並びたる わがともがらの一列は はまきたばこの魔酔より 襟脚きよき娘らをいだきしむ。 緑蔭倶楽部の行楽の その背広はいちやうにうす青く み…

空に光る

わが哀傷のはげしき日 するどく齲歯《むしば》を抜きたるに この齲歯は昇天し たちまち高原の上にうかびいで ひねもす怒りに輝やけり。 みよくもり日の空にあり わが瞳《め》にいたき とき金色《こんじき》のちさき虫 中空に光りくるめけり。 目次に戻る

瞳孔のある海辺

地上に聖者あゆませたまふ 烈日のもと聖者海辺にきたればよする浪浪 浪浪砂をとぎさるうへを 聖者ひたひたと歩行したまふ。 おん脚白く濡らし 怒りはげしきにたへざれば 足なやみひとり海辺をわたらせたまふ。 見よ 烈日の丘に燃ゆる瞳孔あり おん手に魚あれ…

遊泳

浮びいづるごとくにも その泳ぎ手はさ青なり みなみをむき なみなみのながれははしる。 岬をめぐるみづのうへ みな泳ぎ手はならびゆく。 ならびてすすむ水のうへ みなみをむき 沖合にあるもいつさいに 祈るがごとく浪をきる。 目次に戻る

贈物にそへて

兵隊どもの列の中には 性分のわるいものが居たので たぶん標的の図星をはづした 銃殺された男が 夢のなかで息をふきかへしたときに 空にはさみしいなみだがながれてゐた。 『これはさういふ種類の煙草です』 目次に戻る

恋を恋する人

わたしはくちびるにべにをぬつて あたらしい白樺の幹に接吻した。 よしんば私が美男であらうとも わたしの胸にはごむまりのやうな乳房がない わたしの皮膚からはきめのこまかい粉おしろいの匂ひがしない わたしはしなびきつた薄命男だ ああなんといふいぢら…

さびしい人格

さびしい人格が私の友を呼ぶ わが見知らぬ友よ早くきたれ ここの古い椅子に腰をかけて二人でしづかに話してゐよう なにも悲しむことなく君と私でしづかな幸福な日を暮さう 遠い公園のしづかな噴水の音をきいてゐよう しづかに しづかに 二人でかうして抱きあ…

有害なる動物

犬のごときものは吠えることにより 鵞鳥のごときものは畸形児なることにより 狐のごときものは夜間に於て発光することにより 亀のごときものは凝晶することにより 狼のごときものは疾行することによりてさらに甚だしく すべて此等のものは人身の健康に有害な…

見えない兇賊

両手に兇器 ふくめんの兇賊 往来にのさばりかへつて 木の葉のやうに ふるへてゐる奴。 いつしよけんめいでみつめてゐる みつめてゐるなにものかを だがかはいさうに 奴め 背後《うしろ》に気がつかない、 背後には未知の犯罪 もうもうとしてゐる黒の板塀。 …

月夜

へんてこの月夜の晩に ゆがんだ建築の夢と 酔つぱらひの円筒帽子《しるくはつと》。 目次に戻る

夜の酒場

夜の酒場の 暗緑の壁に 穴がある。 かなしい聖母の額《がく》 額の裏《うら》に 穴がある。 ちつぽけな 黄金虫のやうな 秘密の 魔術のぼたんだ。 眼《め》をあてて そこから覗く 遠くの異様な世界は 妙なわけだが だれも知らない。 よしんば 酔つぱらつても …

懺悔

あるみにうむの薄き紙片に すべての言葉はしるされたり ゆきぐもる空のかなたに罪びとひとり ひねもす歯がみなし いまはやいのち凍らんとするぞかし。 ま冬を光る松が枝に 懺悔のひとの姿あり。 目次に戻る

竹の節はほそくなりゆき 竹の根はほそくなりゆき 竹の繊毛は地下にのびゆき 錐のごとくなりゆき 絹糸のごとくかすれゆき けぶりのやうに消えさりゆき。 ああ髮の毛もみだれみだれし 暗い土壌に罪びとは 懺悔の巣をぞかけそめし。 目次に戻る

白夜

夜霜まぢかくしのびきて 跫音《あのと》をぬすむ寒空《さむぞら》に 微光のうすものすぎさる感じ ひそめるものら 遠見の柳をめぐり出でしが ひたひたと出でしが 見よ 手に銀の兇器は冴え 闇に冴え あきらかにしもかざされぬ そのものの額《ひたひ》の上にか…

林あり 沼あり 蒼天あり ひとの手には重みをかんじ しづかに純金の亀ねむる この光る さびしき自然のいたみにたへ ひとの心霊《こころ》にまさぐりしづむ 亀は蒼天のふかみにしづむ。 目次に戻る

天路巡歴

おれはかんがへる おれの長い歴史から なにをして来たか なにを学問したか なにを見て来たか。 いつさいは秘密だ だがなんて青い顔をした奴らだ おれの腕にぶらさがつて 蛇のやうにつるんでゐた奴らだ おれは決して忘れない おれの長い歴史から あいつらは …

かなしい薄暮

かなしい薄暮になれば 労働者にて東京市中が満員なり それらの憔悴した帽子のかげが 市街《まち》中いちめんにひろがり あつちの市区でもこつちの市区でも 堅い地面を掘つくりかへす 掘り出して見るならば 煤ぐろい嗅煙草の銀紙だ 重さ五匁ほどもある にほひ…

悲しい月夜

ぬすつと犬めが くさつた波止場の月に吠えてゐる たましひが耳をすますと 陰気くさい声をして 黄色い娘たちが合唱してゐる 合唱してゐる 波止場のくらい石垣で。 いつも なぜおれはこれなんだ 犬よ 青白いふしあはせの犬よ。 目次に戻る

酢えたる菊

その菊は酢え その菊はいたみしたたる あはれあれ霜月はじめ わがぷらちなの手はしなへ するどく指をとがらして 菊をつまんとねがふより その菊をばつむことなかれとて かがやく天の一方に 菊は病み 酢えたる菊はいたみたる。 目次に戻る

輝やける手

おくつきの砂より けちえんの手くびは光る かがやく白きらうまちずむの屍蝋の手 指くされども らうらんと光り哀しむ。 ああ故郷にあればいのち青ざめ 手にも秋くさの香華おとろへ 青らみ肢体に蛍を点じ ひねもす墓石にいたみ感ず。 みよ おくつきに銀のてぶ…

松葉に光る

燃えあがる 燃えあがる あるみにうむのもえあがる 雪ふるなべにもえあがる 松葉に光る 縊死の屍体のもえあがる いみじき炎もえあがる。 目次に戻る

見よ 来る 遠くよりして疾行するものは銀の狼 その毛には電光を植ゑ いちねん牙を研ぎ 遠くよりしも疾行す。 ああ狼のきたるにより われはいたく怖れかなしむ われはわれの肉身の裂かれ鋼鐵《はがね》となる薄暮をおそる きけ浅草寺《せんさうじ》の鐘いんい…