見よ
来る
遠くよりして疾行するものは銀の狼
その毛には電光を植ゑ
いちねん牙を研ぎ
遠くよりしも疾行す。
ああ狼のきたるにより
われはいたく怖れかなしむ
われはわれの肉身の裂かれ鋼鐵《はがね》となる薄暮をおそる
きけ浅草寺《せんさうじ》の鐘いんいんと鳴りやまず
そぞろにわれは畜生の肢体をおそる
怖れつねにかくるるにより
なんぴとも素足をみず
されば都にわれの過ぎ来し方を知らず
かくしもおとろへしけふの姿にも
狼は飢ゑ牙をとぎて来れるなり。
ああわれはおそれかなしむ
まことに混閙の都にありて
すさまじき金属の
疾行する狼の跫音《あのと》をおそる。

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