2006-11-01から1ヶ月間の記事一覧

跋文

土 岐 哀 果 石川は遂に死んだ。それは明治四十五年四月十三日の午前九時三十分であつた。 その四五日前のことである。金がもう無い、歌集を出すやうにしてくれ、とのことであつた。で、すぐさま東雲堂に行つて、やつと話しがまとまつた。 うけとつた金を懐…

悲しき玩具

呼吸《いき》すれば、 胸《むね》の中《うち》にて鳴《な》る音《おと》あり。 凩《こがらし》よりもさびしきその音《おと》! 眼《め》閉《と》づれど、 心《こころ》にうかぶ何《なに》もなし。 さびしくも、また、眼《め》をあけるかな。 途中《とちう》…

悲しき玩具

目次 悲しき玩具 跋文

手套を脱ぐ時

手套《てぶくろ》を脱《ぬ》ぐ手《て》ふと休《や》む 何《なに》やらむ こころかすめし思《おも》ひ出《ひ》のあり いつしかに 情《じやう》をいつはること知《し》りぬ 髭《ひげ》を立《た》てしもその頃《ころ》なりけむ 朝《あさ》の湯《ゆ》の 湯槽《ゆ…

忘れがたき人人

一 潮《しほ》かをる北《きた》の浜辺《はまべ》の 砂山《すなやま》のかの浜薔薇《はまなす》よ 今年《ことし》も咲《さ》けるや たのみつる年《とし》の若《わか》さを数《かぞ》へみて 指《ゆび》を見《み》つめて 旅《たび》がいやになりき 三度《みたび…

一握の砂(2)

目次*1 忘れがたき人人 手套を脱ぐ時 *1:字数の関係から2つに分けた

秋風のこころよさに

ふるさとの空《そら》遠《とほ》みかも 高《たか》き屋《や》にひとりのぼりて 愁《うれ》ひて下《くだ》る 皎《かう》として玉《たま》をあざむく少人《せうじん》も 秋《あき》来《く》といふに 物《もの》を思《おも》へり かなしきは 秋風《あきかぜ》ぞ…

一 病《やまひ》のごと 思郷《しきやう》のこころ湧《わ》く日《ひ》なり 目《め》にあをぞらの煙《けむり》かなしも 己《おの》が名《な》をほのかに呼《よ》びて 涙《なみだ》せし 十四《じふし》の春《はる》にかへる術《すべ》なし 青空《あをぞら》に消…

我を愛する歌

東海《とうかい》の小島《こじま》の磯《いそ》の白砂《しらすな》に われ泣《な》きぬれて 蟹《かに》とたはむる 頬《ほ》につたふ なみだのごはず 一握《いちあく》の砂《すな》を示《しめ》しし人《ひと》を忘《わす》れず 大海《だいかい》にむかひて一…

序文*2

函館なる郁雨宮崎大四郎君 同国の友文学士花明金田一京助君 この集を両君に捧ぐ。予はすでに予のすべてを両君の前に示しつくしたるものの如し。従つて両君はここに歌はれたる歌の一一につきて最も多く知るの人なるを信ずればなり。 また一本をとりて亡児真一…

序文*1

世の中には途方も無い仁《じん》もあるものぢや、歌集の序を書けとある、人もあらうに此の俺に新派の歌集の序を書けとぢや。ああでも無い、かうでも無い、とひねつた末が此んなことに立至るのぢやらう。此の途方も無い処が即ち新の新たる極意かも知れん。 定…

一握の砂(1)

目次*1 序文 序文 我を愛する歌 煙 秋風のこころよさに *1:字数の関係から2つに分けた