石川啄木

歌のpickup(ふるさとについて)

石川啄木さんは、生活の窮乏からふるさとの渋民村を出て、盛岡、函館、札幌、小樽、釧路、そして東京と、故郷を離れて転々と生活を送りました。石川啄木さんの歌の中から、ふるさとについての歌を数点選びました。 望郷 愛郷 懐郷 思郷 離郷 同郷 望郷 ふる…

歌のpickup(家族について)

石川啄木さんの歌の中から、家族・友人に関する歌を数点選びました。 父 母 兄弟姉妹 妻子 友人 父 ふるさとの父の咳《せき》する度《たび》に斯《か》く 咳の出《い》づるや 病《や》めばはかなし よく怒る人にてありしわが父の 日ごろ怒らず 怒れと思ふ か…

悲しき玩具

呼吸《いき》すれば、 胸《むね》の中《うち》にて鳴《な》る音《おと》あり。 凩《こがらし》よりもさびしきその音《おと》! 眼《め》閉《と》づれど、 心《こころ》にうかぶ何《なに》もなし。 さびしくも、また、眼《め》をあけるかな。 途中《とちう》…

悲しき玩具

目次 悲しき玩具 跋文

手套を脱ぐ時

手套《てぶくろ》を脱《ぬ》ぐ手《て》ふと休《や》む 何《なに》やらむ こころかすめし思《おも》ひ出《ひ》のあり いつしかに 情《じやう》をいつはること知《し》りぬ 髭《ひげ》を立《た》てしもその頃《ころ》なりけむ 朝《あさ》の湯《ゆ》の 湯槽《ゆ…

忘れがたき人人

一 潮《しほ》かをる北《きた》の浜辺《はまべ》の 砂山《すなやま》のかの浜薔薇《はまなす》よ 今年《ことし》も咲《さ》けるや たのみつる年《とし》の若《わか》さを数《かぞ》へみて 指《ゆび》を見《み》つめて 旅《たび》がいやになりき 三度《みたび…

一握の砂(2)

目次*1 忘れがたき人人 手套を脱ぐ時 *1:字数の関係から2つに分けた

秋風のこころよさに

ふるさとの空《そら》遠《とほ》みかも 高《たか》き屋《や》にひとりのぼりて 愁《うれ》ひて下《くだ》る 皎《かう》として玉《たま》をあざむく少人《せうじん》も 秋《あき》来《く》といふに 物《もの》を思《おも》へり かなしきは 秋風《あきかぜ》ぞ…

一 病《やまひ》のごと 思郷《しきやう》のこころ湧《わ》く日《ひ》なり 目《め》にあをぞらの煙《けむり》かなしも 己《おの》が名《な》をほのかに呼《よ》びて 涙《なみだ》せし 十四《じふし》の春《はる》にかへる術《すべ》なし 青空《あをぞら》に消…

我を愛する歌

東海《とうかい》の小島《こじま》の磯《いそ》の白砂《しらすな》に われ泣《な》きぬれて 蟹《かに》とたはむる 頬《ほ》につたふ なみだのごはず 一握《いちあく》の砂《すな》を示《しめ》しし人《ひと》を忘《わす》れず 大海《だいかい》にむかひて一…

序文*2

函館なる郁雨宮崎大四郎君 同国の友文学士花明金田一京助君 この集を両君に捧ぐ。予はすでに予のすべてを両君の前に示しつくしたるものの如し。従つて両君はここに歌はれたる歌の一一につきて最も多く知るの人なるを信ずればなり。 また一本をとりて亡児真一…

一握の砂(1)

目次*1 序文 序文 我を愛する歌 煙 秋風のこころよさに *1:字数の関係から2つに分けた

めしひの少女

『日は照るや。』声は青空《あをぞら》 白鶴《しらつる》の遠きかが啼き、── ひむがしの海をのぞめる 高殿《たかどの》の玉の階《きざはし》 白石《しらいし》の柱に凭《よ》りて、 かく問《と》ひぬ、盲目《めしひ》の少女《をとめ》。 答《こた》ふらく、…

草苺

青草《あをぐさ》かほる丘《をか》の下《もと》、 小唄《こうた》ながらに君過《す》ぐる。 夏の日ざかり、野良《のら》がよひ、 駒《こま》の背《せ》にして君過ぐる。 君くると見てかくれける 丘の草間《くさま》の夏苺《なついちご》、 日照《ひで》りに…

凌霄花

鐘楼《しゆろう》の柱《はしら》まき上《あ》げて あまれる蔓《つる》の幻と 流れて石の階《きざはし》の 苔《こけ》に垂れたる夏の花、 凌霄花《のうぜんかづら》かがやかや。 花を被《かづ》きて物思《ものも》へば、 現《うつゝ》ならなく夢ならぬ ただ影…

小田屋守

身は鄙《ひな》さびの小田屋守《をだやもり》、 苜蓿《まごやし》白き花床《はなどこ》の 日照《ひで》りの小畔《をぐろ》、まろび寝て、 足《た》るべらなりし田子《たご》なれば、 君を恋ふとはえも云へね、 水無月《みなづき》蛍とび乱れ、 暖《ぬる》き…

青鷺

隠沼《こもりぬま》添《ぞ》ひの丘《をか》の麓《を》、 漆《うるし》の木立《こだち》時雨《しぐ》れて 秋の行方《ゆくへ》をささと たづねて過《す》ぎし跡や、 青鷦色《やまばといろ》の霜《しも》ばみ、 斑《まだら》らの濡葉《ぬれば》仄《ほの》に ゆ…

森の葉を蒸《む》す夏照《なつで》りの かがやく路のさまよひや、 つかれて入りし楡《にれ》の木の 下蔭に、ああ瑞々《みづみづ》し、 百葉《もゝは》を青《あを》の御統《みすまる》と 垂《た》れて、浮けたる夢の波、 真清水透《とほ》る小泉よ。 いのちの…

落櫛

磯回《いそは》の夕《ゆふ》のさまよひに 砂に落ちたる牡蠣《かき》の殻《から》 拾《ひろ》うて聞けば、紅《くれなゐ》の 帆かけていにし曽保船《そぼふね》の ふるき便《たより》もこもるとふ 青潮《あをうみ》遠きみむなみの 海の鳴る音もひびくとか。 古…

傘のぬし

柳《やなぎ》の門《かど》にたたずめば、 胸の奥より擣《つ》くに似る 鐘がさそひし細雨《ほそあめ》に ぬれて、淋《さび》しき秋の暮、 絹《きぬ》むらさきの深張《ふかばり》の 小傘《をがさ》を斜《はす》に、君は来ぬ。 もとより夢のさまよひの 心やさし…

白鵠

愁ひある日を、うら悲し 鵠《かう》の鳴く音の堪へがたく、 水際《みぎは》の鳥屋《とや》の戸をあけて 放《はな》てば、あはれ、白妙《しろたへ》の 蓮《はす》の花船《はなぶね》行くさまや、 羽搏《はう》ち静かに、秋の香の 澄《す》みて雲なき青空を、 …

あさがほ

ああ百年《ひやくねん》の長命《ちやうめい》も 暗の牢舎《ひとや》に何かせむ。 醒《さ》めて光明《ひかり》に生《い》くるべく、 むしろ一日《ひとひ》の栄願《はえなが》ふ。 寝《ね》がての夜のわづらひに 昏耗《ほほ》けて立てる朝の門《かど》、 (こ…

救済の綱

わづらはしき世の暗の路に、 ああ我れ、久遠《くをん》の恋もえなく、 狂ふにあまりに小さき身ゆゑ、 ただ『死』の海にか、とこしへなる 安慰よ、真珠《またま》と光らむとて、 渦巻《うづま》く黒潮《くろしほ》下《した》に見つつ、 飛《と》ばむの刹那《…

古瓶子

うてば坎々《かんかん》音さぶる 素焼《すやき》の、あはれ、煤《すす》びし古瓶子《ふるへいじ》、 注《つ》げや、滓《をり》まで、いざともに 冬の夜寒《よさむ》を笑はなむ。 今宵《こよひ》雪降る。世の罪の かさむが如く、暇《ひま》なく雪は降《ふ》る…

落葉の煙

青桐《あをぎり》、楓《かへで》、朴《ほう》の木の 落葉《おちば》あつめて、朝の庭、 焚《た》けば、秋行くところまで、 けむり一条蕭条《いちすぢしやうでう》と 蒼《あを》小渦《ささうづ》の柱《はしら》して、 天《あめ》のもなかを指ざしぬ。 ああほ…

暁霧

熟睡《うまい》の床をのがれ行く 夢のわかれに身も覚《さ》めて、 起きてあしたの戸に凭《よ》れば、 市の住居《すまゐ》の秋の庭 閉ぢぬる霧の犇々《ひしひし》と 迫りて、胸にい捲き寄る。 ああ清らなる夢の人、 溷《にご》る巷《ちまた》の活動《くわつど…

祭の夜

踊《をど》りの群《むれ》の大《おほ》なだれ、 酒に、晴着《はれぎ》に、どよめきに、 市の祭《まつり》の夜の半ば、 我は愁ひに追はれつつ、 秋の霧野《きりの》をあてもなく 袂も重くさまよひぬ。 歩みにつれて、迫りくる 霧はますます深く閉《と》ぢ、 …

電光

暗をつんざく雷光《いなづま》の 花よ、光よ、またたきよ、 流れて消えてあと知らず、 暗の綻《ほころ》び跡とめず。 去りしを、遠く流れしを、 束《つか》の間、──ただ瞬きの閃《ひら》めきの はかなき影と、さなりよ、ただ『影』と 見もせば、如何に我等の…

心の声((七章))

うばらの冠

銀燭《ぎんしよく》まばゆく、葡萄の酒は薫《くん》じ、 玉装《ぎよくそう》花袖《くわしう》の人皆酔《ゑ》にけらし。 ふけ行く夜をも忘《ぼう》じて、盃《はい》をあぐる こやこれ歓楽つきせぬ夏の宴《うたげ》。 人皆黄金のかがやく冠《かんむり》つけて…