傘のぬし

柳《やなぎ》の門《かど》にたたずめば、
胸の奥より擣《つ》くに似る
鐘がさそひし細雨《ほそあめ》に
ぬれて、淋《さび》しき秋の暮、
絹《きぬ》むらさきの深張《ふかばり》の
小傘《をがさ》を斜《はす》に、君は来ぬ。
もとより夢のさまよひの
心やさしき君なれば、
あゆみはゆるき駒下駄《こまげた》の、
その音に胸はきざまれて、
うつむきとづる眼には
仄《ほの》むらさきの靄《もや》わせぬ。

袖やふるると、をののぎの
もろ手を置ける胸の上、
言葉も落ちず、手もふれず、
歩みはゆるき駒下駄の
その音に知れば、君過ぎぬ。
ああ人もなき村路《むらみち》に
かへり見もせぬ傘《かさ》の主《ぬし》、
心いためて見送れば、
むらさきの靄やうやうに
あせて、新月《にひづき》野にいづる
空のうるみも目に添ひつ、
柳の雫《しづく》ひややかに
冷えし我が頬に落ちにける。

(乙巳一月十八日) 

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