白鵠

愁ひある日を、うら悲し
鵠《かう》の鳴く音の堪へがたく、
水際《みぎは》の鳥屋《とや》の戸をあけて
放《はな》てば、あはれ、白妙《しろたへ》の
蓮《はす》の花船《はなぶね》行くさまや、
羽搏《はう》ち静かに、秋の香の
澄《す》みて雲なき青空を、
見よや、光のしただりと、
真白き影ぞさまよへる。

ああ地《ち》の悲歌《ひか》をいのちとは
をさなき我の夢なりし。
ひたりも深き天《あめ》の海《うみ》
一味《いちみ》のむねに放《はな》ちしを
白鵠《ひやくかう》に何うらむべき。
落とす天路《てんろ》の歌をきき、
ましろき影をあふぎては、
寧ろ自由《まゝ》なる逍遥《さまよひ》の
遮《さへぎ》りなきを羨《うらや》まむ。

(乙巳一月十八日) 

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