2007-02-01から1ヶ月間の記事一覧

自由詩のリズムに就て

自由詩のリズム 歴史の近い頃まで、詩に関する一般の観念はかうであつた。「詩とは言葉の拍節正しき調律即ち韻律を踏んだ文章である」と。この観念から文学に於ける二大形式、「韻文」と「散文」とが相対的に考へられて来た。最近文学史上に於ける一つの不思…

附録

軍隊

通行する軍隊の印象 この重量のある機械は 地面をどつしりと圧へつける 地面は強く踏みつけられ 反動し 濛濛とする埃をたてる。 この日中を通つてゐる 巨重の逞ましい機械をみよ 黝鉄の油ぎつた ものすごい頑固な巨体だ 地面をどつしりと圧へつける 巨きな集…

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春宵

嫋《なま》めかしくも媚ある風情を しつとりとした襦袢につつむ くびれたごむの 跳ねかへす若い肉体《からだ》を こんなに近く抱いてるうれしさ あなたの胸は鼓動にたかまり その手足は肌にふれ ほのかにつめたく やさしい感触の匂ひをつたふ。 ああこの溶け…

あかるい屏風のかげにすわつて あなたのしづかな寝息をきく。 香炉のかなしいけむりのやうに そこはかとたちまよふ 女性のやさしい匂ひをかんずる。 かみの毛ながきあなたのそばに 睡魔のしぜんな言葉をきく あなたはふかい眠りにおち わたしはあなたの夢を…

片恋

市街を遠くはなれて行つて 僕等は山頂の草に坐つた 空に風景はふきながされ ぎぼし ゆきしだ わらびの類 ほそくさよさよと草地に生えてる。 君よ弁当をひらき はやくその卵を割つてください。 私の食慾は光にかつゑ あなたの白い指にまつはる 果物の皮の甘味…

花やかなる情緒

深夜のしづかな野道のほとりで さびしい電燈が光つてゐる さびしい風が吹きながれる このあたりの山には樹木が多く 楢《なら》、檜《ひのき》、山毛欅《ぶな》、樫《かし》、欅《けやき》の類 枝葉もしげく鬱蒼とこもつてゐる。 そこやかしこの暗い森から ま…

艶めける霊魂

そよげる やはらかい草の影から 花やかに いきいきと目をさましてくる情慾 燃えあがるやうに たのしく うれしく こころ春めく春の感情。 つかれた生涯《らいふ》のあぢない昼にも 孤独の暗い部屋の中にも しぜんとやはらかく そよげる窓の光はきたる いきほ…

艶めける霊魂

自然の背後に隠れて居る

僕等が藪のかげを通つたとき まつくらの地面におよいでゐる およおよとする象像《かたち》をみた 僕等は月の影をみたのだ。 僕等が草叢をすぎたとき さびしい葉ずれの隙間から鳴る そわそわといふ小笛をきいた。 僕等は風の声をみたのだ。 僕等はたよりない…

白い牡鶏

わたしは田舎の鶏《にはとり》です まづしい農家の庭に羽ばたきし 垣根をこえて わたしは乾《ひ》からびた小虫をついばむ。 ああ この冬の日の陽ざしのかげに さびしく乾地の草をついばむ わたしは白つぽい病気の牡鶏《をんどり》 あはれな かなしい 羽ばた…

ねぼけた桜の咲くころ 白いぼんやりした顔がうかんで 窓で見てゐる。 ふるいふるい記憶のかげで どこかの波止場で逢つたやうだが 菫の病鬱の匂ひがする 外光のきらきらする硝子窓から ああ遠く消えてしまつた 虹のやうに。 私はひとつの憂ひを知る 生涯《ら…

遺伝

人家は地面にへたばつて おほきな蜘蛛のやうに眠つてゐる。 さびしいまつ暗な自然の中で 動物は恐れにふるへ なにかの夢魔におびやかされ かなしく青ざめて吠えてゐます。 のをあある とをあある やわあ もろこしの葉は風に吹かれて さわさわと闇に鳴つてる…

悪い季節

薄暮の疲労した季節がきた どこでも室房はうす暗く 慣習のながい疲れをかんずるやうだ 雨は往来にびしよびしよして 貧乏な長屋が並びてゐる。 こんな季節のながいあひだ ぼくの生活は落魄して ひどく窮乏になつてしまつた 家具は一隅に投げ倒され 冬の 埃の …

囀鳥

軟風のふく日 暗鬱な思惟《しゐ》にしづみながら しづかな木立の奥で落葉する路を歩いてゐた。 天気はさつぱりと晴れて 赤松の梢にたかく囀鳥の騒ぐをみた 愉快な小鳥は胸をはつて ふたたび情緒の調子をかへた。 ああ 過去の私の鬱陶しい瞑想から 環境から …

厭やらしい景物

雨のふる間 眺めは白ぼけて 建物 建物 びたびたにぬれ さみしい荒廃した田舎をみる そこに感情をくさらして かれらは馬のやうにくらしてゐた。 私は家の壁をめぐり 家の壁に生える苔をみた かれらの食物は非常にわるく 精神さへも梅雨じみて居る。 雨のなが…

思想は一つの意匠であるか

鬱蒼としげつた森林の樹木のかげで ひとつの思想を歩ませながら 仏は蒼明の自然を感じた どんな瞑想をもいきいきとさせ どんな涅槃にも溶け入るやうな そんな美しい月夜をみた。 「思想は一つの意匠であるか」 仏は月影を踏み行きながら かれのやさしい心に…

蒼ざめた馬

冬の曇天の 凍りついた天気の下で そんなに憂鬱な自然の中で だまつて道ばたの草を食つてる みじめな しよんぼりした 宿命の 因果の 蒼ざめた馬の影です わたしは影の方へうごいて行き 馬の影はわたしを眺めてゐるやうす。 ああはやく動いてそこを去れ わた…

意志と無明

観念《いでや》もしくは心像《いめえぢ》の世界に就いて だまつて道ばたの草を食つてる みじめな 因果の 宿命の 蒼ざめた馬の影です。

笛の音のする里へ行かうよ

俥に乗つてはしつて行くとき 野も 山も ばうばうとして霞んでみえる 柳は風にふきながされ 燕も 歌も ひよ鳥も かすみの中に消えさる ああ 俥のはしる轍《わだち》を透して ふしぎな ばうばくたる景色を行手にみる その風光は遠くひらいて さびしく憂鬱な笛…

天候と思想

書生は陰気な寝台から 家畜のやうに這ひあがつた 書生は羽織をひつかけ かれの見る自然へ出かけ突進した。 自然は明るく小綺麗でせいせいとして そのうへにも匂ひがあつた 森にも 辻にも 売店にも どこにも青空がひるがへりて美麗であつた そんな軽快な天気…

最も原始的な情緒

この密林の奥ふかくに おほきな護謨《ごむ》葉樹のしげれるさまは ふしぎな象の耳のやうだ。 薄闇の湿地にかげをひいて ぞくぞくと這へる羊歯《しだ》植物 爬虫類 蛇 とかげ ゐもり 蛙 さんしようをの類。 白昼《まひる》のかなしい思慕から なにをあだむが…

青空

表現詩派 このながい烟筒《えんとつ》は をんなの円い腕のやうで 空にによつきり 空は青明な弧球ですが どこにも重心の支へがない この全景は象のやうで 妙に膨大の夢をかんじさせる。 目次に戻る

馬車の中で

馬車の中で 私はすやすやと眠つてしまつた。 きれいな婦人よ 私をゆり起してくださるな 明るい街燈の巷《ちまた》をはしり すずしい緑蔭の田舎をすぎ いつしか海の匂ひも行手にちかくそよいでゐる。 ああ蹄《ひづめ》の音もかつかつとして 私はうつつにうつ…

閑雅な食慾

松林の中を歩いて あかるい気分の珈琲店《かふえ》をみた。 遠く市街を離れたところで だれも訪づれてくるひとさへなく 林間の かくされた 追憶の夢の中の珈琲店《かふえ》である。 をとめは恋恋の羞をふくんで あけぼののやうに爽快な 別製の皿を運んでくる…

怠惰の暦

いくつかの季節はすぎ もう憂鬱の桜も白つぽく腐れてしまつた 馬車はごろごろと遠くをはしり 海も 田舎も ひつそりとした空気の中に眠つてゐる なんといふ怠惰な日だらう 運命はあとからあとからとかげつてゆき さびしい病鬱は柳の葉かげにけむつてゐる もう…

閑雅な食慾

さびしい来歴

むくむくと肥えふとつて 白くくびれてゐるふしぎな球形の幻像よ それは耳もない 顔もない つるつるとして空にのぼる野蔦のやうだ 夏雲よ なんたるとりとめのない寂しさだらう どこにこれといふ信仰もなく たよりに思ふ恋人もありはしない。 わたしは駱駝のや…

輪廻と転生

地獄の鬼がまはす車のやうに 冬の日はごろごろとさびしくまはつて 輪廻《りんね》の小鳥は砂原のかげに死んでしまつた。 ああ こんな陰鬱な季節がつづくあひだ 私は幻の駱駝にのつて ふらふらとかなしげな旅行にでようとする。 どこにこんな荒寥の地方がある…