自然の背後に隠れて居る

僕等が藪のかげを通つたとき
まつくらの地面におよいでゐる
およおよとする象像《かたち》をみた
僕等は月の影をみたのだ。
僕等が草叢をすぎたとき
さびしい葉ずれの隙間から鳴る
そわそわといふ小笛をきいた。
僕等は風の声をみたのだ。

僕等はたよりない子供だから
僕等のあはれな感触では
わづかな現はれた物しか見えはしない。
僕等は遙かの丘の向うで
ひろびろとした自然に住んでる
かくれた万象の密語をきき
見えない生き物の動作をかんじた。

僕等は電光の森かげから
夕闇のくる地平の方から
烟の淡じろい影のやうで
しだいにちかづく巨像をおぼえた
なにかの妖しい相貌《すがた》に見える
魔物の迫れる恐れをかんじた。

おとなの知らない希有《けう》の言葉で
自然は僕等をおびやかした
僕等は葦のやうにふるへながら
さびしい曠野に泣きさけんだ。
「お母ああさん! お母ああさん!」

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