2005-08-01から1ヶ月間の記事一覧

8月の更新

感人の詩を追加 寂しさ 午後の時 長靴 つれづれ 森に帰ろう 故郷 帰ります 津村信夫の詩と私について 昆布のお猪口 日比谷日記 序 詩人 津村信夫の紹介を追加 紹介 津村信夫の詩集を追加 愛する神の歌 父のゐる庭 或る遍歴から 好きな詩(津村信夫)を追加 …

寂しさ

僕はもっと 人のいない所へと行きたい 本当にさみしくて 森も葉を落す様な そんなほとりへとゆきたい 心からもやさしさが溢れ 涙の止まらぬ様な そんなほとりへと ゆきたい (2005.4)

森に帰ろう

東京はどこに出かければいいのかわからない、と会社で呟いたところ、浅草のサンバカーニバルを見に行ってくればと言われた。元来私はこういうような人が集まる所、騒々しい所を避けているのであるが、結局何も考えないまま次の日になってしまい、また、浅草…

故郷

私の故郷は穏やかであった。周りを囲う山々は、一つとして争うことなく、みな蕩々として流れていた。雲もまたかくのごとく他と重なり合いながら山の向こうへと薄れていくのだった。きっとその中で、果物は何もかも忘れてうっとりと実っていくのであろう。私…

帰ります

明け方目を覚ますと、蝉が鳴いています。 ツクツクボウシの様な声がするのです。 アブラゼミが羽を震わせて、これから一日鳴き続けるために ツクツクボウシの様な運動をするのです。 彼らを探してみても なかなか見つかりません。 ケヤキは手を上に伸ばしま…

津村信夫の詩と私について

先月から今月にかけて、詩人津村信夫の詩集・年譜の入力及び紹介文を書いていた。そしてそれらが昨日一通り終わった。私が津村信夫について知ったのは、萩原朔太郎や立原道造について読んでいる時で、年表や解説の中に四季の一員として名前が登場していたか…

津村信夫について

津村信夫は明治42年、神戸市葺合区に生まれる。良家の次男として育った信夫は、神戸一中、慶應義塾大学の経済学部と進みサラリーマンとなるが、まもなく辞めて文学の道へと入った。信夫の詩は、信濃の自然の叙情詩と、父や姉との対話の詩が主である。自然…

詩のpickup(好きな詩)

津村信夫さんの詩の中から、好きな詩を10詩選びました。 詩集「愛する神の歌」から 孤児(御本を読んでおくれ、お前の声のきこえるうちは私も生きてゐたい。) 林檎の木(これはもと歌の木ではないか、鈴なりにすずなりの歌をうたつてゐる。) 詩集「父の…

あとがき

梢にまだいくつか実を残した信濃の柿の木を、私は車窓からよく眺めた。そんな田舎の小都会の、静かな茶卓のほとりの夜も沁々と味はつた。或るときは、千曲の流れが、全く大河のゆつたりとした姿で、私の眼前にあつた。暮れそめてから、流れを渡り、寺の多い…

日本の田舎

夢に見る 吾子《あこ》の姿は 銃になひ 馬上も豊か うちすぎぬ 微笑うかべ 一の爺《をぢ》 そを語りぬ 二の媼《おうな》語りつぎつつ 畑うちぬ 土くろき畑 面《おも》つつむ手拭をとりて うれしげに 涙ぬぐへば 日の本のみいくさ歌ふ 童《わらべ》の群 野道…

海の民

日の本の民は 南の洋《よう》の かな飛沫《しぶき》を 満身にあびてゐる…… 感動はこみあげてくる 書物をとぢ 日をとぢる 蒼海《さうかい》を渡る男の児 豪壮の男の子 露伴先生は 鎮西八郎爲朝を その勇武の生涯を 詩人と歌つた 八郎の詩は弓と矢 八郎の歌は…

父なきのち

故山《ふるさと》の庭は柿の実は 冬を越しても残つてゐた 三つ四つ五つと 数へて見上げると 空の色が私の眸《ひとみ》には痛い 日にいくどか雀がくる まるで絵のやうに 赤い実の傍を離れない もぎとる人がない故か 啄《ついば》まれておほかたは虚《うつろ》…

夏草

お父さん 燐寸《まつち》をおつけしませうね そして それを一服お喫ひになつたら また ゆつくり歩き初めませう いくらか空気も冷えてきました ――お前たち 若い者は かうやつて歩いて行くうち どんな事を考へるか お父さん あなたはさうお訊《き》きになつた…

冬夜鴨を煮る

鎌倉に三好達治を訪ねた日は 松ヶ枝にうすき日が射し そのうすい日もやがて翳《かげ》つて 白いものが肩に積つた 私が行つた日は吉日だつたか 新潟から鴨がとどいて その鴨が 寒々と厨《くりや》の隅に吊してあつた おきて行く火の色が見事に美しい さつとば…

椿

老人は一寸《ちよつと》腰をかがめて 片手でそつと椿の枝をつかむ 花瓣《くわべん》を鼻さきにあてがつて見る 眼鏡の奥に ほのぼのとした表情が浮んでゐる 海の見える昼の庭 手離した枝が 一ときは 美しく ぶるぶると揺れてゐるのに 老人は 又ひつそりと立ち…

子供の好きな少女に

たとへれば夏の作物を見るやうだ 子供の好きな少女は豊かで美しい あどけなくてどこか生真面目で さうして 活々《いきいき》とした目と優しい心を持つてゐる ある夕べ稲光《いなひか》りがして 庭の薄が明るくそよいでゐた 室内も ときに又昼間のやうに明る…

牛のこと

大きな建物のなかで 靴で踏まれたり 鼻拭《ふき》にされた紙きれは いつのまにか うづたかく積まれて その事を曳《ひ》いてかへるのが その従順な動物の役目だと 私はあとになつて聞かされた 丁度 中庭と同じだけの 大きさの青空が そこから うかがはれたが …

空地

私は食事時間に 大きな建物の間にある中庭を横切つた 日ざかりの中庭には いつでも つながれてゐる一疋《いつぴき》の牛を見た 倦《う》みつかれてゐる私の目にも 牛は懶惰《らんだ》に臥《ふ》してゐた 樹木とては もとよりなかつた 建物の作る僅《わづ》か…

未だととのはない春景色の中も 歩いてゐるうちに うつすら私は汗を掻《か》いてゐた 垣根の隅に 美しい藪椿 その椿から ほんの五六歩 墓標がたつてゐて 人が それを読んでゐた 一面に 気ぜはしく 椿の花が落ちてゐた 風が吹いてゐて 空は真青 もう ずつと以…

聖女

好んで山袴を穿《は》いた 身を屈めて よく庭の草を刈つてゐた あの小母さんが死んだのだ 私に 木の花の名前を教へて呉れた人だつた 私はその会葬に列して 初めて キリストの信者であつたことを知つた 小母さんの愛した賛美歌 それを教会少女の群れが合唱し…

白髪

昔の言葉は ほんとうに 生きてゐた (俺はかうやつて 老人の顔を見てゐる) 樹の枝に こまかく 白く 雪がふつてゐたやうだ その人の白髪は 恰度《ちやうど》人生の智慧のやうだ 美しい 光つてゐる 光つてゐる―― その輝きのうせないうちに 読みとつておかう …

炉のほとり

冬が近づく 凍《い》てた野面《のづら》に霜が白く光つてゐる 冬がちかづく 私は幼時に聴いた 狼の話を思い出してゐる かつて 好奇と恐れの心から聴いた物語 今はまるで冬の前ぶれのやうに 単純に――だが習慣のやうに 寒気が新らしく蘇《よみがへ》つてくる …

冬の少年

枯木の下で 老人の声が 風邪を引いてゐる 帚木《はうき》を持ちかへて 「さあ 早く お家へお這入り」 智のやうに 冷たく 冬の気が少年に頬ずりする 家の戸口に来てゐる冬 踏段《きざはし》に散りしいた落葉 微笑んでゐる 少年は明るいランプを手に持つてゐる…

冬の夜道

冬の夜道を 一人の男が帰つてゆく はげしい仕事をする人だ その疲れきつた足どりが そつくり それを表はしてゐる 月夜であつた 小砂利を踏んで やがて 一軒の家の前に 立ちどまつた それから ゆつくり格子戸を開けた 「お帰りなさい」 土間に灯が洩れて 女の…

荒地野菊

川で溺れた少女のことは もう誰も口にはしなかつた 村の家の障子紙が白い 秋の日に まるで 偶然のやうに美しい 少年が一人 哨兵《せうへい》のやうに道のべに立つてゐる その午後から 火の山は退屈さうに煙をはき出した 少年は駈け出した 物影を見て駈け出し…

父と娘

秋のくるのが早い高地の樹々には もう血のやうに紅い葉が 一ひら 二ひらまじつてゐる 寂しい風が毎日吹いて 娘はいつのまにか 母の面輪とそつくりになつた 心の孤《ひと》りな娘は あの紅い葉を いつもめでてゐた その葉うらを眺めてゐると 何もかも 空のい…

昼を愛する歌

子供たちの囁《ささや》き声のやうに 風が ひそやかに尾根の上をわたつてゐる 枯木の向ふに昼の月が見える 醒めてゐるこの一瞬間《ひととき》が 遠い夢に通つてゐるやうに…… 空の蒼い この一枚の澄明《ちようめい》な絵 この絵にこそ 私は静心《しづごころ》…

猟館

窓は さう云ふ風《ふう》にしか思はれなかつた 水いろの服地の娘が 身を投げかけて 今しがた人を見送つてゐたやうな…… 猟に行く人を泊めるその館の内は 壁にそつて備えつけの六つのベツドが段々になつてゐた その夜の客は一人であつた 私が寝部屋に這入ると …

夕暮が中学生たちの手からボールを奪つてしまふ頃 公園に 勤人風な男を見かけるであらう ありきたりな ここにも一人叉一人と見かけるであらう 寛《ゆる》やかな かはたれの この時刻とすれちがふあれらの帽子《シヤツポ》 あれらの足どりの どの一人の男にも…

水ぎは

――セント・ルカ病院附近 暮れ残されるものは 頂きの小さな十字架だけだつた 祈つたり 黄色く燃えたりして 途方に暮れた窓々は みんな水ぎはに近くひらかれてゐた ひとつのことしか考へられない たとへば不幸な運命であつても 人々はたつた一つの事を いつま…