猟館

窓は さう云ふ風《ふう》にしか思はれなかつた 水いろの服地の娘が 身を投げかけて 今しがた人を見送つてゐたやうな……

猟に行く人を泊めるその館の内は 壁にそつて備えつけの六つのベツドが段々になつてゐた その夜の客は一人であつた 私が寝部屋に這入ると 卓の花は枯れて 床の上に そこここに いくつかの蝶が死んでゐた 自らの季節を喪つて 翅《はね》の色を変へないで 私は床《とこ》に就《つい》た 電燈の球《たま》をひねると 暗やみを 蝶は一羽づつ飛び立つて行くらしかつた
あけがた 私は婦人の愛の夢見てゐた……

何故だらう またせせらぎの音を耳にした それが不思議でならなかつた もうすつかり明けきつたのであらうか 花粉の匂ひがし 犬の吠声《ほえごゑ》 鶏の声もまじつてゐた その一つびとつが新らしい体験のやうに やがて私の昧爽《よあけ》も自《おのづか》らあからさまになつて行つた

風が来て 窓がひらく
水いろの服地の娘が 身を投げかけ 今しがた人を見送つてゐたやうな……

その窓は 桔梗《ききやう》の空を映したまま また閉ざされてしまつた

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