冬夜鴨を煮る

鎌倉に三好達治を訪ねた日は
松ヶ枝にうすき日が射し
そのうすい日もやがて翳《かげ》つて
白いものが肩に積つた

私が行つた日は吉日だつたか
新潟から鴨がとどいて
その鴨が
寒々と厨《くりや》の隅に吊してあつた

おきて行く火の色が見事に美しい
さつとばかり松籟《しやうらい》がすぎる
この山に居を卜《ぼく》して幾月か
私達の話したことは
その大方は忘れてしまつた

「すこし 積つたかね」
「ええ 少々」
雪の窓の内と外で
そんな短い言葉も交した

私は眉を白く濡らして
一目散に駈けて下つた
三好達治は 山の上で
いつまでも燈《ひ》を振つてゐた

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