父なきのち

故山《ふるさと》の庭は柿の実は
冬を越しても残つてゐた
三つ四つ五つと
数へて見上げると
空の色が私の眸《ひとみ》には痛い

日にいくどか雀がくる
まるで絵のやうに
赤い実の傍を離れない
もぎとる人がない故か
啄《ついば》まれておほかたは虚《うつろ》になつた
私は近づいて
枝を揺《ゆさ》ぶる 声を出して雀を追ふ
その声が青空にかんかんと響く
私の声は父に似てゐる
かつて母親がさう云つた
ほんとうに
私の声が似てゐようか
ふとそんな事を考へる
枝を手離して
しばらくあらぬ方《かた》を眺めてゐる

虚になつた柿の実に
叉雀が戻つてくる
絵のやうに
赤い実の傍を
雀はもう動かうとはしない

目次に戻る