冬の夜道

冬の夜道を
一人の男が帰つてゆく
はげしい仕事をする人だ
その疲れきつた足どりが
そつくり
それを表はしてゐる
月夜であつた
小砂利を踏んで
やがて 一軒の家の前に
立ちどまつた
それから ゆつくり格子戸を開けた
「お帰りなさい」
土間に灯が洩れて
女の人の声がした
すると それに続いて
何処か 部屋の隅から
一つの小さな声が云つた
叉一つ
また一つ別の小さな声が叫んだ
「お帰りなさい」

冬の夜道は 月が出て
随分あかるかつた
それにもまして
ゆきずりの私の心には
明るい一本の蝋燭《らうそく》が燃えていた

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