父と娘

秋のくるのが早い高地の樹々には
もう血のやうに紅い葉が
一ひら 二ひらまじつてゐる

寂しい風が毎日吹いて
娘はいつのまにか
母の面輪とそつくりになつた
心の孤《ひと》りな娘は あの紅い葉を
いつもめでてゐた
その葉うらを眺めてゐると
何もかも
空のいろも冴々《さえざえ》としてくると云つて

父は 娘に あれは病葉《わくらば》だと告げた
尋常ではない葉だ
あの枝は今に枯れてしまふのだと

娘の答へは かうだつた
――あんな綺麗な色をして
  あれで病気をしてゐるとは!

父はまた言葉を続けた
どんなに美しい色をしてゐても
尋常の葉にはかなはない
あれはみんな否運なものだよ
さう云つて
娘の心を慰めた

目次に戻る