未だととのはない春景色の中も
歩いてゐるうちに
うつすら私は汗を掻《か》いてゐた
垣根の隅に 美しい藪椿
その椿から ほんの五六歩
墓標がたつてゐて
人が それを読んでゐた
一面に
気ぜはしく 椿の花が落ちてゐた

風が吹いてゐて 空は真青
もう ずつと以前から
梢で 季節を予知してゐたらしい
そんな姿勢の木があつた

「詩人! 戯《たはむ》れにお前を
詩人と呼んでおいてもよい」
私はさう呟《つぶや》いて
汗をぬぐつて 叉歩き出した

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