2007-02-01から1ヶ月間の記事一覧

五月の死びと

この生《いき》づくりにされたからだは きれいに しめやかに なまめかしくも彩色されてる その胸も その脣《くち》も その顔も その腕も ああ みなどこもしつとりと膏油や刷毛で塗られてゐる。 やさしい五月の死びとよ わたしは緑金の蛇のやうにのたうちなが…

野鼠

どこに私らの幸福があるのだらう 泥土《でいど》の砂を掘れば掘るほど 悲しみはいよいよふかく湧いてくるではないか。 春は幔幕のかげにゆらゆらとして 遠く俥にゆすられながら行つてしまつた。 どこに私らの恋人があるのだらう ばうばうとした野原に立つて…

憂鬱な風景

猫のやうに憂鬱な景色である さびしい風船はまつすぐに昇つてゆき りんねるを着た人物がちらちらと居るではないか。 もうとつくにながい間《あひだ》 だれもこんな波止場を思つてみやしない。 さうして荷揚げ機械のばうぜんとしてゐる海角から いろいろさま…

猫柳

つめたく青ざめた顔のうへに け高くにほふ優美の月をうかべてゐます 月のはづかしい面影 やさしい言葉であなたの死骸に話しかける。 ああ 露しげく しつとりとぬれた猫柳 夜風のなかに動いてゐます。 ここをさまよひきたりて うれしい情《なさけ》のかずかず…

かなしい囚人

かれらは青ざめたしやつぽをかぶり うすぐらい尻尾《しつぽ》の先を曳きずつて歩きまはる そしてみよ そいつの陰鬱なしやべるが泥土《ねばつち》を掘るではないか。 ああ草の根株は掘つくりかへされ どこもかしこも曇暗な日ざしがかげつてゐる。 なんといふ…

寄生蟹のうた

潮みづのつめたくながれて 貝の歯はいたみに齲ばみ酢のやうに溶けてしまつた ああここにはもはや友だちもない 恋もない 渚にぬれて亡霊のやうな草を見てゐる その草の根はけむりのなかに白くかすんで 春夜のなまぬるい恋びとの吐息のやうです。 おぼろにみえ…

緑色の笛

この黄昏の野原のなかを 耳のながい象たちがぞろりぞろりと歩いてゐる。 黄色い夕月が風にゆらいで あちこちに帽子のやうな草つぱがひらひらする。 さびしいですか お嬢さん! ここに小さな笛があつて その音色は澄んだ緑です。 やさしく歌口《うたぐち》を…

鴉毛の婦人

やさしい鴉毛の婦人よ わたしの家根裏の部屋にしのんできて 麝香のなまめかしい匂ひをみたす 貴女《あなた》はふしぎな夜鳥 木製の椅子にさびしくとまつて その嘴《くちばし》は心臓《こころ》をついばみ 瞳孔《ひとみ》はしづかな涙にあふれる 夜鳥よ この…

くづれる肉体

蝙蝠のむらがつてゐる野原の中で わたしはくづれてゆく肉体の柱《はしら》をながめた それは宵闇にさびしくふるへて 影にそよぐ死《しに》びと草《ぐさ》のやうになまぐさく ぞろぞろと蛆虫の這ふ腐肉のやうに醜くかつた。 ああこの影を曳く景色のなかで わ…

艶めかしい墓場

風は柳を吹いてゐます どこにこんな薄暗い墓地の景色があるのだらう。 なめくぢは垣根を這ひあがり みはらしの方から生《なま》あつたかい潮みづがにほつてくる。 どうして貴女《あなた》はここに来たの やさしい 青ざめた 草のやうにふしぎな影よ 貴女は貝…

題のない歌

南洋の日にやけた裸か女のやうに 夏草の茂つてゐる波止場の向うへ ふしぎな赤錆びた汽船がはひつてきた ふはふはとした雲が白くたちのぼつて 船員のすふ煙草のけむりがさびしがつてる。 わたしは鶉のやうに羽ばたきながら さうして丈《たけ》の高い野茨の上…

恐ろしい山

恐ろしい山の相貌《すがた》をみた まつ暗な夜空にけむりを吹きあげてゐる おほきな蜘蛛のやうな眼《め》である。 赤くちろちろと舌をだして うみざりがにのやうに平つくばつてる。 手足をひろくのばして麓いちめんに這ひ廻つた さびしくおそろしい闇夜であ…

みじめな街燈

雨のひどくふつてる中で 道路の街燈はびしよびしよぬれ やくざな建築は坂に傾斜し へしつぶされて歪んでゐる はうはうぼうぼうとした烟霧の中を あるひとの運命は白くさまよふ そのひとは大外套に身をくるんで まづしく みすぼらしい鳶《とんび》のやうだ と…

さびしい青猫

ここには一疋の青猫が居る。さうして柳は 風にふかれ、墓場には月が登つてゐる。

しののめきたるまへ 家家の戸の外で鳴いてゐるのは鶏《にはとり》です 声をばながくふるはして さむしい田舎の自然からよびあげる母の声です とをてくう、とをるもう、とをるもう。 朝のつめたい臥床《ふしど》の中で 私のたましひは羽ばたきをする この雨戸…

仏の見たる幻想の世界

花やかな月夜である しんめんたる常盤木の重なりあふところで ひきさりまたよせかへす美しい浪をみるところで かのなつかしい宗教の道はひらかれ かのあやしげなる聖者の夢はむすばれる。 げにそのひとの心をながれるひとつの愛憐 そのひとの瞳孔《ひとみ》…

憂鬱の川辺

川辺で鳴つてゐる 蘆や葦のさやさやといふ音はさびしい しぜんに生えてる するどい ちひさな植物 草本《さうほん》の茎の類はさびしい 私は眼を閉ぢて なにかの草の根を噛まうとする なにかの草の汁をすふために 憂愁の苦い汁をすふために げにそこにはなに…

黒い風琴

おるがんをお弾きなさい 女のひとよ あなたは黒い着物をきて おるがんの前に坐りなさい あなたの指はおるがんを這ふのです かるく やさしく しめやかに 雪のふつてゐる音のやうに おるがんをお弾きなさい 女のひとよ。 だれがそこで唱つてゐるの だれがそこ…

夢にみる空家の庭の秘密

その空家の庭に生えこむものは松の木の類 びはの木 桃の木 まきの木 さざんか さくらの類 さかんな樹木 あたりにひろがる樹木の枝 またそのむらがる枝の葉かげに ぞくぞくと繁茂するところの植物 およそ しだ わらび ぜんまい もうせんごけの類 地べたいちめ…

憂鬱なる花見

憂鬱なる桜が遠くからにほひはじめた 桜の枝はいちめんにひろがつてゐる 日光はきらきらとしてはなはだまぶしい 私は密閉した家の内部に住み 日毎に野菜をたべ 魚やあひるの卵をたべる その卵や肉はくさりはじめた 遠く桜のはなは酢え 桜のはなの酢えた匂ひ…

憂鬱なる桜

感覚的憂鬱性! それは桜のはなの酢えた匂ひのやうに、白 く埃つぽい外光の中で、いつもなやましい光を感じさせる。

恐ろしく憂鬱なる

こんもりとした森の木立のなかで いちめんに白い蝶類が飛んでゐる むらがる むらがりて飛びめぐる てふ てふ てふ てふ てふ てふ てふ みどりの葉のあつぼつたい隙間から ぴか ぴか ぴか ぴかと光る そのちひさな鋭どい翼《つばさ》 いつぱいに群がつてとび…

蠅の唱歌

春はどこまできたか 春はそこまできて桜の匂ひをかぐはせた 子供たちのさけびは野に山に はるやま見れば白い浮雲がながれてゐる。 さうして私の心はなみだをおぼえる いつもおとなしくひとりで遊んでゐる私のこころだ この心はさびしい この心はわかき少年の…

野原に寝る

この感情の伸びてゆくありさま まつすぐに伸びてゆく喬木のやうに いのちの芽生のぐんぐんとのびる。 そこの青空へもせいのびをすればとどくやうに せいも高くなり胸はばもひろくなつた。 たいそううららかな春の空気をすひこんで 小鳥たちが喰べものをたべ…

春の感情

ふらんすからくる烟草のやにのにほひのやうだ そのにほひをかいでゐると気がうつとりとする うれはしい かなしい さまざまのいりこみたる空の感情 つめたい銀いろの小鳥のなきごゑ 春がくるときのよろこびは あらゆるひとのいのちをふきならす笛のひびきのや…

月夜

重たいおほきな羽をばたばたして ああ なんといふ弱弱しい心臓の所有者だ。 花瓦斯のやうな明るい月夜に 白くながれてゆく生物の群をみよ そのしづかな方角をみよ この生物のもつひとつのせつなる情緒をみよ あかるい花瓦斯のやうな月夜に ああ なんといふ悲…

青猫

この美しい都会を愛するのはよいことだ この美しい都会の建築を愛するのはよいことだ すべてのやさしい女性をもとめるために すべての高貴な生活をもとめるために この都にきて賑やかな街路を通るのはよいことだ 街路にそうて立つ桜の並木 そこにも無数の雀…

その手は菓子である

そのじつにかはゆらしい むつくりとした工合はどうだ そのまるまるとして菓子のやうにふくらんだ工合はどうだ 指なんかはまことにほつそりとしてしながよく まるでちひさな青い魚類のやうで やさしくそよそよとうごいてゐる様子はたまらない ああ その手の上…

群集の中を求めて歩く

私はいつも都会をもとめる 都会のにぎやかな群集の中に居ることをもとめる 群集はおほきな感情をもつた浪のやうなものだ どこへでも流れてゆくひとつのさかんな意志と愛欲とのぐるうぷだ ああ ものがなしき春のたそがれどき 都会の入り混みたる建築と建築と…

強い腕に抱かる

風にふかれる葦のやうに 私の心は弱弱しく いつも恐れにふるへてゐる 女よ おまへの美しい精悍の右腕で 私のからだをがつしりと抱いてくれ このふるへる病気の心を しづかにしづかになだめてくれ ただ抱きしめてくれ私のからだを ひつたりと肩によりそひなが…