2007-02-09 題のない歌 詩 萩原朔太郎 南洋の日にやけた裸か女のやうに 夏草の茂つてゐる波止場の向うへ ふしぎな赤錆びた汽船がはひつてきた ふはふはとした雲が白くたちのぼつて 船員のすふ煙草のけむりがさびしがつてる。 わたしは鶉のやうに羽ばたきながら さうして丈《たけ》の高い野茨の上を飛びまはつた ああ 雲よ 船よ どこに彼女は航海の碇をすてたか ふしぎな情熱になやみながら わたしは沈黙の墓地をたづねあるいた それはこの草叢《くさむら》の風に吹かれてゐる しづかに 錆びついた 恋愛鳥の木乃伊《みいら》であつた。 目次に戻る