花やかなる情緒

深夜のしづかな野道のほとりで
さびしい電燈が光つてゐる
さびしい風が吹きながれる
このあたりの山には樹木が多く
楢《なら》、檜《ひのき》、山毛欅《ぶな》、樫《かし》、欅《けやき》の類
枝葉もしげく鬱蒼とこもつてゐる。

そこやかしこの暗い森から
また遙かなる山山の麓の方から
さびしい弧燈をめあてとして
むらがりつどへる蛾をみる。
蝗《いなご》のおそろしい群のやうに
光にうづまき くるめき 押しあひ死にあふ小虫の群団。

人里はなれた山の奥にも
夜ふけてかがやく弧燈をゆめむ。
さびしい花やかな情緒をゆめむ。
さびしい花やかな燈火《あかり》の奥に
ふしぎな性の悶えをかんじて
重たい翼《つばさ》をばたばたさせる
かすてらのやうな蛾をみる
あはれな 孤独の あこがれきつたいのちをみる。

いのちは光をさして飛びかひ
光の周囲にむらがり死ぬ
ああこの賑はしく 艶めかしげなる春夜の動静
露つぽい空気の中で
花やかな弧燈は眠り 燈火はあたりの自然にながれてゐる。
ながれてゐる哀傷の夢の影のふかいところで
私はときがたい神秘をおもふ
万有の 生命の 本能の 孤独なる
永遠に永遠に孤独なる 情緒のあまりに花やかなる。

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