電光

暗をつんざく雷光《いなづま》の
花よ、光よ、またたきよ、
流れて消えてあと知らず、
暗の綻《ほころ》び跡とめず。

去りしを、遠く流れしを、
束《つか》の間、──ただ瞬きの閃《ひら》めきの
はかなき影と、さなりよ、ただ『影』と
見もせば、如何に我等の此生《このせい》の
味《あぢ》さへほこる値《あたひ》さへ、
たのみ難なき約束《かねごと》の
空《あだ》なる無《む》なる夢ならし。

立てば、秋くる丘の上、
暗いくたびかつんざかれ、
また縫《ぬ》ひあはされて、電光《いなづま》の
花や、光の尾《を》は長く、
疾《と》く冷やかに、縦横《じうわう》に
西に東にきらめきぬ。

見よ、鋼色《くろがね》の空深く
光孕《はら》むか、ああ暗は
光を生《う》むか、あらずあらず。
死《し》なし、生《せい》なし、この世界、
不滅《ふめつ》ぞただに流るるよ。
ああ我が頭《かうべ》おのづと垂《た》るるかな。
かの束の間の光だに
『永遠《とは》』の鎖《くさり》よ、無限の大海《おほうみ》の
岸なき波に泳《をよ》げる『瞬時《またたき》』よ。
影の上、また夢の上に
何か建《た》つべき。来《こ》ん世の栄《はえ》と云ふ
それさへ遂にあだなるかねごとか。
ただ今我等『今』こそは、
とはの、無限の、力なる、
影にしあらぬ光と思ほへば、
散りせぬ花も、落ち行く事のなき
日も、おのづから胸ふかく
にほひ耀《かゞや》き、笑み足りて、
跡なき跡を思ふにも
随喜《ずゐき》の涙手にあまり、
足行き、眼むく所、
大いなる道はろばろと
我等の前にひらくかな。

(甲辰十二月十一日) 

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