祭の夜

踊《をど》りの群《むれ》の大《おほ》なだれ、
酒に、晴着《はれぎ》に、どよめきに、
市の祭《まつり》の夜の半ば、
我は愁ひに追はれつつ、
秋の霧野《きりの》をあてもなく
袂も重くさまよひぬ。

歩みにつれて、迫りくる
霧はますます深く閉《と》ぢ、
霧をわけくる市人《いちびと》の
祭のどよみ、漸々《やうやう》に
とだえもすべう遠のきぬ。

やがて名もなき丘の上、
我はとまりぬ、墓石《はかいし》と。――
寄せては寄する霧の波、
その波の穂《ほ》と音もなく
なびく尾花《をばな》は前後《まへしりへ》、
我をめぐりぬ、城の如。

すべての声は消え去りて、
ここに大《だい》なる声充《み》てり。
すべての人はえも知らぬ
ここに立ちたれ、神と我。

我ひざまづき、声あげて
祈りぬ、『あはれ我が神よ、
爾《なんぢ》を祭《まつ》る市人《いちびと》の
舞楽《ぶがく》の庭に行きはせで、
などかは、弱きこの我を
さびしき丘に待ちはせし。
語れよ、語れ、何事も
きくべきものは我のみぞ。
我は爾《なんぢ》の僕よ、』と。
答ふる声か、犇々《ひしひし》と
(力あるかな、)深霧《ふかぎり》は
二十重《はたへ》に捲《ま》きぬ、我が胸を。

(甲辰十二月十一日) 

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