歌のpickup(家族について)

石川啄木さんの歌の中から、家族・友人に関する歌を数点選びました。





ふるさとの父の咳《せき》する度《たび》に斯《か》く
咳の出《い》づるや
病《や》めばはかなし

よく怒る人にてありしわが父の
日ごろ怒らず
怒れと思ふ

かなしきは我が父!
 今日も新聞を読みあきて、
 庭に小蟻《こあり》と遊べり。

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燈影《ほかげ》なき室《しつ》に我あり
父と母
壁のなかより杖つきて出《い》づ

たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽きに泣きて
三歩あゆまず

茶まで断ちて、
わが平復《へいふく》を祈りたまふ
 母の今日また何か怒れる。

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兄弟姉妹



かぎりなき知識の慾に燃ゆる眼を
姉は傷《いた》みき
人恋ふるかと

クリストを人なりといへば、
 妹の眼がかなしくも、
 われをあはれむ。

おちつかぬ我が弟の
このごろの
眼のうるみなどかなしかりけり

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妻子



わがあとを追ひ来て
知れる人もなき
辺土《へんど》に住みし母と妻かな

子《こ》を負《お》ひて
雪《ゆき》の吹《ふ》き入《い》る停車場《ていしやば》に
われ見送《みおく》りし妻《つま》の眉《まゆ》かな

友も妻もかなしと思ふらし――
 病みても猶《なほ》、
 革命のこと口に絶たねば。

原稿紙にでなくては
字を書かぬものと、
かたく信ずる我が児のあどけなさ!

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友人



あまりある才を抱きて
妻のため
おもひわづらふ友をかなしむ

友はみな或日《あるひ》四方に散り行きぬ
その後《のち》八年《やとせ》
名挙げしもなし

小学の首席を我と争ひし
友のいとなむ
木賃宿《きちんやど》かな

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