歌のpickup(ふるさとについて)

石川啄木さんは、生活の窮乏からふるさとの渋民村を出て、盛岡、函館、札幌、小樽、釧路、そして東京と、故郷を離れて転々と生活を送りました。石川啄木さんの歌の中から、ふるさとについての歌を数点選びました。



望郷



ふるさとの空《そら》遠《とほ》みかも
高き屋にひとりのぼりて
愁《うれ》ひて下《くだ》る

ふるさとを出《い》でて五年《いつとせ》、
 病《やまひ》をえて、
かの閑古鳥《かんこどり》を夢にきけるかな。

今日《けふ》もまた胸に痛みあり。
 死ぬならば、
 ふるさとに行《ゆ》きて死なむと思ふ。

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愛郷



やまひある獣《けもの》のごとき
わがこころ
ふるさとのこと聞けばおとなし

汽車の窓
はるかに北にふるさとの山見え来れば
襟《えり》を正すも

ふるさとの山に向ひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな

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懐郷



二日前《ふつかまえ》に山の絵見しが
今朝《けさ》になりて
にはかに恋しふるさとの山

かにかくに渋民村《しぶたみむら》は恋しかり
おもひでの山
おもひでの川

なつかしき
故郷《こきやう》にかへる思ひあり、
久し振りにて汽車に乗りしに。

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思郷



はたはたと黍《きび》の葉鳴れる
ふるさとの軒端《のきば》なつかし
秋風《あきかぜ》吹けば

神無月《かみなづき》
岩手の山の
初雪の眉《まゆ》にせまりし朝を思ひぬ

旅の子の
ふるさとに来て眠るがに
げに静かにも冬の来しかな

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離郷



ふるさとの
かの路傍《みちばた》のすて石よ
今年も草に埋《うづ》もれしらむ

あはれかの我の教へし
子等《こら》もまた
やがてふるさとを棄てて出《い》づるらむ

石をもて追はるるごとく
ふるさとを出でしかなしみ
消ゆる時なし

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同郷



ふるさとの訛《なまり》なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく

田も畑《はた》も売りて酒のみ
ほろびゆくふるさと人《びと》に
心《こころ》寄《よ》する日

ふるさとを出《い》で来し子等《こら》の
相会《あいあ》ひて
よろこぶにまさるかなしみはなし

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