青鷺

隠沼《こもりぬま》添《ぞ》ひの丘《をか》の麓《を》、
漆《うるし》の木立《こだち》時雨《しぐ》れて
秋の行方《ゆくへ》をささ
たづねて過《す》ぎし跡や、
青鷦色《やまばといろ》の霜《しも》ばみ、
斑《まだら》らの濡葉《ぬれば》仄《ほの》に
ゆうべの日射《ひざし》燃《も》えぬ。

野こえて彼方《かなた》、杉原《すぎはら》、
わづかに見ゆる御寺《みてら》の
白鳩《しらはと》とべる屋根《やね》や、
さびしき西の明《あか》るみ、
誰《た》が妻《つま》死ねる夕ぞ、
鐃【ばち】*1《ねうばち》遠く鳴りて、
涙《なんだ》も落つるしじまり。

ゐ凭《よ》れば、漆若樹《うるしわかぎ》の
黄朽葉《きくちば》はらら、胸に
拱《こま》ぬぐ腕《うで》をすべりぬ。
ふと見るけはひ、こは何、──
隠沼《こもりぬ》碧《あを》の水嵩《みかさ》の
蘆《あし》の葉ひたすほとりに
青鷺《あをさぎ》下《お》りぬ、静かや。

立つ身あやしと凝視《まも》るか、
注《そゝ》ぐよ、我に小瞳《こひとみ》。──
あな有難《ありがた》の姿と
をろがみ心《ごゝろ》、我今《われいま》
鳥《とり》の目底《めぞこ》に迫《せま》るや、
尾被《をかつぎ》ききと啼《な》きて
漆の木立夕つけぬ。

(乙巳二月二十日) 

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*1:「かねへん」に「友」