2006-12-01 かなしい薄暮 詩 萩原朔太郎 かなしい薄暮になれば 労働者にて東京市中が満員なり それらの憔悴した帽子のかげが 市街《まち》中いちめんにひろがり あつちの市区でもこつちの市区でも 堅い地面を掘つくりかへす 掘り出して見るならば 煤ぐろい嗅煙草の銀紙だ 重さ五匁ほどもある にほひ菫のひからびきつた根つ株だ それも本所深川あたりの遠方からはじめ おひおひ市中いつたいにおよぼしてくる。 なやましい薄暮のかげで しなびきつた心臓がしやべるを光らす。 目次に戻る