2006-07-01 白い月 詩 萩原朔太郎 はげしいむし歯のいたみから、 ふくれあがつた頬つぺたをかかへながら、 わたしは棗《なつめ》の木の下を掘つてゐた、 なにかの草の種を蒔かうとして、 きやしやの指を泥だらけにしながら、 つめたい地べたを堀つくりかへした、 ああ、わたしはそれをおぼえてゐる、 うすらさむい日のくれがたに、 まあたらしい穴の下で、 ちろ、ちろ、とみみずがうごいてゐた、 そのとき低い建物のうしろから、 まつしろい女の耳を、 つるつるとなでるやうに月があがつた、 月があがつた。 幼童思慕詩編 目次に戻る