2006-10-08から1日間の記事一覧

あゆみ

始めなく、また終りなき 時を刻むと、柱なる 時計の針はひびき行け。 せまく、短かく、過ぎやすき いのち刻むと、わが足《あし》は ひねもす路を歩むかも。 (九月十九日夜) 『秋風高歌』畢 目次に戻る

秘密

花蝋《はなろふ》もゆる御簾《みす》の影、 琴柱《ことぢ》をおいて少女子《をとめご》の 小指《をゆび》やはらにしなやかに、 絃《いと》より絃に転《てん》ずれば、 さばしり出る幻の 人《ひと》酔《よ》はしめの楽《がく》の宮、 ああこの宮を秘《ひ》め…

落ちし木の実

秋の日はやく母屋《おもや》の屋根に入り、 ものさびれたる夕をただひとり 紙障《しさう》をあけて、庭面《にはも》にむかふ時、 庭は風なく、落葉の音もたえて、 いと静けきに、林檎《りんご》の紅《あけ》の実《み》は かすかに落ちぬ、波なき水潦《みづた…

愛の路

高きに登り、眺むれば、 乾坤《けんこん》愛の路通ふ 青海原のはてにして、 安らかに行く白帆影。── 波は休まず、撓《たゆ》まずに 相噛《か》みくだけ、動けども、 安らかに行く白帆影。 路のせまきに、せはしげに 蠢《うご》めく人よ、来て見よや、── 花を…

ああ君こそは、青淵《あをぶち》の 流転《るてん》の波に影浮けて しなやかに立つ柳《やなぎ》なれ。 流転《るてん》よ、さなり流転よ、それ遂に 夢ならず、また影ならず、 照る世の生日《いくひ》進み行く 生命《いのち》の流れなればか、春の風 燻《くん》…

波は消えつつ

波は消えつつ、砕けつつ 底なき海の底より湧き出でて、 朝より真昼《まひる》、昼《ひる》より夜に朝に 不断《ふだん》の叫びあげつつ、帯《をび》の如、 この島根《しまね》をば纒《まと》ふなり。 ああ詩人《うたびと》の興来《きようらい》の 波も、消え…

君が花

君くれなゐの花薔薇《はなさうび》、 白絹《しらぎぬ》かけてつつめども、 色はほのかに透《す》きにけり いかにやせむとまどひつつ、 墨染衣袖かへし 掩へどもともいや高く 花の香りは溢れけり。 ああ秘めがたき色なれば、 頬《ほゝ》にいのちの血ぞ熱《ほ…

黄の小花

夕暮野路《のぢ》を辿りて、黄に咲ける 小花《をばな》を摘《つ》めば、涙はせきあへず。 ああ、ああこの身この花、小《ちい》さくも いのちあり、また仰《あふ》ぐに光あり。 この野に咲ける、この世に捨《す》てられし、 運命《さだめ》よ、いづれ、大慈悲…

我が世界

世界の眠り、我ただひとり覚《さ》め、 立つや、草這《は》ふ夜暗《やあん》の丘《おか》の上。 息をひそめて横たふ大地《おほつち》は わが命《めい》に行く車《くるま》にて、 星鏤《ちりば》めし夜天《やてん》の浩蕩《かうたう》は わが被《かづ》きたる…

黄金向日葵

我《わ》が恋は黄金《こがね》向日葵《ひぐるま》、 曙いだす鐘にさめ、 夕の風に眠るまで、 日を趁《お》ひ光あこがれ、まろらかに 眩《まば》ゆくめぐる豊熱《ほうねつ》の 彩《あや》どり饒《おほ》きこがねの花なれや。 これ夢ならば、とこしへの さめた…

秋風高歌((雑詩十章甲辰初秋作))

寂寥

片破月《かたわれづき》の淋しき黄の光 破窓《やれまど》洩《も》れて、老尼《らうに》の袈裟《けさ》の如、 静かに細うふるひて、読みさしの 書《ふみ》の上《へ》、さては黙座《もくざ》の膝に落ちぬ。 草舎《くさや》の軒《のぎ》をめぐるは千万《ちよろ…

光の門

よすがら堪へぬなやみに気は沮《はゞ》み、 黒蛇《くろへみ》ねむり、八百千《やほち》の梟《ふくろふ》の 暗声《やみごゑ》あはす迷ひの森の中、 あゆみにつるる朽葉《くちば》の唸《うめ》きをも 罪にか誘ふ陰府《よみぢ》のあざけりと 心責めつつ、あてな…

藻の香に染みし白昼《まひる》の砂枕《すなまくら》、 ましろき鴎《かもめ》、ゆたかに、波の穂を 光の羽《はね》にわけつつ、砕け去る 汀の【あわ】*1《あわ》にえものをあさりては、 わが足近く翼を休らへぬ。 諸手《もろて》をのべて、高らに吟《きん》ず…

壁なる影

夜風《よかぜ》にうるほひ、行春《いくはる》淡き 有明燭《ありあけともし》の火影《ほかげ》ぞ揺れて、 ああ今、ほのかに、幻ふかく 起伏《おきふし》さだめぬ影こそ壁に。 詩歌《しいか》の愁ひに我が身は痩《や》せて、 くだつ夜、低唱《ていせう》、無興…

ひとつ家

にごれる浮世の嵐に我怒《いか》りて、 孤家《ひとつや》、荒磯《ありそ》のしじまにのがれ入りぬ。 捲き去り、捲きくる千古の浪は砕け、 くだけて悲しき自然の楽《がく》の海に、 身はこれ寂蓼児《さびしご》、心はただよひつつ、 静かに思ひぬ、──岸なき過…

アカシヤの蔭

たそがれ淡き揺曳《さまよひ》やはらかに、 収《をさ》まる光暫しの名残なる 透影《すいかげ》投げし碧《みどり》の淵《ふち》の上、 我ただひとり一日《ひとひ》を漂へる 小舟《をぶね》を寄せて、アカシヤ夏の香の 木蔭《こかげ》に棹《かひ》をとどめて休…

金甌の歌

あけぼの光纒《まと》へる青雲《あをぐも》の、 ときはかきはに眠と暗となき、 幻、律《しら》べ、さまよふ聖宇《みや》の中、 新たに匂ふいのちのほのぼのと 我は生《うま》れき。大日《おほひ》の灼《かゞ》やきに 玉膸《ぎよくずゐ》湛《たゝ》ふ黄金の花…

マカロフ提督追悼の詩

(明治三十七年四月十三日、我が東郷大提督の艦隊 大挙して旅順港口に迫るや、敵将マカロフ提督之を 迎撃せむとし、愴惶令を下して其旗艦ぺトロバフロ スクを港外に進めしが、武運や拙なかりけむ、我が 沈設水雷に触れて、巨艦一爆、提督も亦艦と運命を 共に…

ほととぎす

(甲辰六月九日、夏の小雨の涼けき禅房の窓に、白 蘋の花など浮べたる水鉢を置きつつ、岩野泡鳴兄へ 文を認めぬ。時に声あり、彷彿として愁心一味の調 を伝へ来る。屋後の森に杜鵑の鳴く也。乃ち匆々と して文の中に記し送りける。) 若き身ひとり静かに凭る…

閑古鳥

暁《あかつき》迫《せま》り、行く春夜はくだち、 燭影《しよくえい》淡くゆれたるわが窓に、 一声《ひとこゑ》、今我れききぬ、しののめの 呼笛《よぶこ》か、夜《よる》の別れか、閑古鳥。 ひと声聞きぬ。ああ否、我はただ、 (悵《いた》める胸の叫びか、…

我なりき

ほのかに夜半《よは》に漂ふ鐘《かね》の音《ね》の いのちぞ深きまぼろし、──『我』なりき。 『我』こそげにや触《ふ》れても触れ難き 流るる幻。されば人よ云へ、 時より時に跡なき水【なわ】*1《みなわ》ぞと。 ああそよ、水【なわ】*2《みなわ》ひと度う…

偶感二首

(甲辰五月二十日の暁近き頃、ふと目さめて、岩手 ゆく春の夜風にうるほふ残灯の下、広き世の眠りに 我のみぞさめて、筆を染めける。) 目次に戻る

月と鐘

(とある風琴の曲に合はせむとて友のために作れる 小歌) あまぢはるかに故里の 楽《がく》の名残をつぐるとて、 さくらの苑におぼろなる 夢の色ひく月の影。 花は眠れど、人の子の 夢なりがたき旅ごころ、 とはの眠りに入れよとて 月に泣くらむ夜半の鐘。 …

花守の歌

夜はあけぬ。 生の迎《むか》ひに 心の住家《すみか》、園の 門《かど》を明《あ》けむ。 光よ、花に培《つち》かへ。 夢より夢の関《せき》据ゑて、 孤境《こきやう》の園《その》に花を守《も》る。 花咲くや、 愛の白百合、 愛はほのぼの、夢の 関《せき…

ひとりゆかむ

日はくれぬ。 (愁《うれ》ひのいのち) 幻想《おもひ》の森に、いざや ひとりゆかむ。 万有《ものみな》音をひそめて、 (ああ我がいのち)おもひでの 妙楽《めうがく》の夜《よる》あまき森。 (夜のおもひ いのちのおもひ) 恋成りぬ。 (夢見のいのち) …

あこがれ(2)

目次2*1 花守の歌 月と鐘 偶感二首 我なりき 閑古鳥 ほととぎす マカロフ提督追悼の詩 金甌の歌 アカシヤの蔭 ひとつ家 壁なる影 鴎 光の門 寂寥 秋風高歌 黄金向日葵 我が世界 黄の小花 君が花 波は消えつつ 柳 愛の路 落ちし木の実 秘密 あゆみ *1:字数の…