閑古鳥

暁《あかつき》迫《せま》り、行く春夜はくだち、
燭影《しよくえい》淡くゆれたるわが窓に、
一声《ひとこゑ》、今我れききぬ、しののめの
呼笛《よぶこ》か、夜《よる》の別れか、閑古鳥。

ひと声聞きぬ。ああ否、我はただ、
(悵《いた》める胸の叫びか、重息《おもいき》の
はるかに愁ひの洞《ほら》にどよみ来て
おのづとかへる響か、ああ知らず。)
ただ知る、深きおもひの淵《ふち》の底、
見えざる底を破りて、何者か
わが胸つける刃《は》ありと覚ふのみ。

をさなき時も青野にこの声を
ききける日あり。今またここに聞く。
詩人の思ひとこしへ生くる如、
不滅のいのち持つらし、この声も。

永遠《とこしへ》! それよ不滅のしばたたき、
またたき! はたや、暫《しば》しのとこしなへ。
この生《せい》、この詩、(しばしのとこしなへ、)
或は消えめ、かの声消えし如、
消えても猶に(不滅のしばたたき、)
たとへばこの世終滅《をはり》のあるとても、
ああ我生《い》きむ、かの声生くる如。

似たりな、まことこの詩とかの声と。──
これげに、弥生《やよひ》鶯《うぐいす》春を讃《ほ》め、
世に充《み》つ芸《げい》の聖花《せいくわ》の盗《ぬす》み人《びと》、
光明《ひかり》の敵《かたき》、いのちの賊《ぞく》の子が
おもねり甘き酔歌《すゐか》の類ならず。
健闘《たゝかひ》、つかれ、くるしみ、自矜《たかぶり》に
光のふる里しのぶ真心の
いのちの血汐もえ立つ胸の火に
染めなす驕《ほこ》り、不断《ふだん》の霊の糧《かて》。
我ある限りわが世の光なる
みづから叫ぶ生《せい》の詩《し》、生《せい》の声。

さればよ、あはれ世界のとこしへに
いつかは一夜《ひとよ》、有情《うじやう》の(ありや、否)
勇士が胸にひびきて、寒古鳥
ひと声我によせたるおとなひを、
思ひに沈む心に送りえば、
わが生、わが詩、不滅のしるしぞと、
静かに我は、友《とも》なる鳥の如、
無限の生の進みに歌ひつづけむ。

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