藻の香に染みし白昼《まひる》の砂枕《すなまくら》、
ましろき鴎《かもめ》、ゆたかに、波の穂を
光の羽《はね》にわけつつ、砕け去る
汀の【あわ】*1《あわ》にえものをあさりては、
わが足近く翼を休らへぬ。

諸手《もろて》をのべて、高らに吟《きん》ずれど、
鳥驚かず、とび去らず、
ぬれたる砂にあゆみて、退《しぞ》き、また
寄せくる波をむかへて、よろこびぬ。

つぶらにあきて、青海の
匂ひかがやく小瞳は、
真珠の光あつめし聖の壷《つぼ》。
はてなき海を家とし、歌として、
おのが翼を力《ちから》と遊べばか、
汝《な》が行くところ、瞳《ひとみ》の射る所、
狐疑《うたがひ》、怖れ、さげしみ、あなどりの
さもしき陰影《かげ》は隠れて、空蒼《あを》し。

ああ逍遥《さまよひ》よ、をきての網《あみ》の中
立ちつつまれてあたりをかへり見る
むなしき鎖解《と》きたる逍遥《さまよひ》よ、
それただ我ら自然の寵児《まなご》らが
高行く天《あめ》の世に似る路なれや。
来ても聞けかし、今この鳥の歌。──
さまよひなれば、自由《まゝ》なる恋の夢、
あけぼの開く白藻《しらも》の香に宿り、
起伏つきぬ五百重《いほへ》の浪の音に
光と暗はい湧きて、とこしへの
勇みの歌は、ひるまぬ生《せい》の楽《がく》。

ああ我が友よ、願ふは、暫しだに、
つかるる日なき光の白羽をぞ
翼なき子の胸にもゆるさずや。
汝《な》があるところ、平和《やはらぎ》、よろこびの
軟風《なよかぜ》かよひ、黄金《こがね》の日は照《て》れど、
人の世の国けがれの風長く、
自由の花は百年《もゝとせ》地に委して
不朽《ふきう》と詩との自然はほろびたり。

(甲辰八月十四日夜) 

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*1:「さんずい」に「區」