光の門

よすがら堪へぬなやみに気は沮《はゞ》み、
黒蛇《くろへみ》ねむり、八百千《やほち》の梟《ふくろふ》の
暗声《やみごゑ》あはす迷ひの森の中、
あゆみにつるる朽葉《くちば》の唸《うめ》きをも
罪にか誘ふ陰府《よみぢ》のあざけりと
心責めつつ、あてなくたどり来て、
何かも、どよむ響のあたらしく
胸にし入るに、驚き見まもれば、
今こそ立ちぬ、光の門《かど》に、我れ。

ああ我が長き悶《もだえ》の夜は退《しぞ》き、
香もあたらしき朝風吹きみちて、
吹き行く所、我が目に入るところ、
自由と愛にすべての暗は消え、
かなしき鳥の叫びも、森影も、
うしろに遥か谷間《たにま》にかくれ去り、
立つは自然の揺床《ゆりどこ》、しろがねの
砂布《し》きのべし朝《あした》の磯の上。

不朽《ふきう》の勇み漲る太洋《おほわだ》の
張りたる胸は、はてなく、紫の
光をのせて、東に、曙《あけ》高き
白幟《しらはた》のぼる雲際《くもぎは》どよもしぬ。
ああその光、──青渦《あをうづ》底もなき
海底《うなぞこ》守る秘密の国よりか。
はた夜と暗と夢なき大空《おほそら》の
紅玉《こうぎよく》匂ふ玉階《たまはし》すべり来し
天華《てんげ》のなだれ。或は我が胸の
生火《いくひ》の焔もえ立つひらめきか。──
蒼空《あをぞら》かぎり、海路《うなぢ》と天《あめ》の門《と》の
落ち合ふ所、日輪《にちりん》おごそかに
あたらしき世の希望に生れ出で、
海と陸《くが》とのとこしへ抱く所、
ものみな荒《すさ》む黒影《くろかげ》夜と共に
葬り了《を》へて、長夜《ながよ》の虚洞《うつろ》より、
わが路照らす日ぞとも、わが魂は
今こそ高き叫びに醒めにたれ。

明け立ちそめし曙光《しよくわう》の逆《さか》もどり
東の宮にかへれる例《ためし》なく
一度《ひとたび》醒《さ》めし心の初日影、
この世の極み、眠らむ時はなし。
ああ野も山も遠鳴《とほな》る海原も
百千《もゝち》の鐘をあつめて、新らしき
光の門《かど》に、ひるまぬ進軍《しんぐん》の
歓呼《くわんこ》の調の鬨《とき》をば作れかし。

よろこび躍り我が踏む足音に
驚き立ちて、高きに磯雲雀《いそひばり》
うたふや朝の迎《むか》への愛の曲。
その曲、浪に、砂《いさご》に、香藻《にほひも》に
い渡る生《せい》の光の声撒《ま》けば
わが魂はやく、白羽の鳥の如、
さまよふ楽《がく》の八重垣《やへがき》うつくしき
曙光の空に融け行き、翅《は》をのべて、
名たたる猛者《もさ》が弓弦《ゆんづる》鳴りひびき
射出す征矢《そや》もとどかぬ蒼穹《あをぞら》ゆ、
青海、巷《ちまた》、高山《たかやま》、深森《ふかもり》の
わかちもあらず、皆わがいとし児《ご》の
覚《さ》めたる朝の姿と臨《のぞ》むかな。

(甲辰八月十五日夜) 

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