ひとつ家

にごれる浮世の嵐に我怒《いか》りて、
孤家《ひとつや》、荒磯《ありそ》のしじまにのがれ入りぬ。
捲き去り、捲きくる千古の浪は砕け、
くだけて悲しき自然の楽《がく》の海に、
身はこれ寂蓼児《さびしご》、心はただよひつつ、
静かに思ひぬ、──岸なき過ぎ来《こ》し方、
あてなき生命《いのち》の舟路《ふなぢ》に、何処へとか
わが魂孤《たまこ》舟《しう》の楫《かち》をば向けて行く、と。
夕浪懶《ものう》く、底なき胸のどよみ、
その色、音皆不朽《ふきう》の調和《とゝのひ》もて、
捲きては砕くる入日《いりひ》のこの束《つか》の間《ま》──
沈む日我をば、我また沈む日をば
凝視《みつ》めて叫ぶよ、無始《むし》なる暗、さらずば
無終《むしう》の光よ、渾《すべ》てを葬むれとぞ。

(甲辰六月十九日) 

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