のぞみ

   一

やなぎ洩る
月はかすかに
額《ぬか》を射て、ほの白し。
かすかなる『のぞみ』の歌は、
砂原にうちまろぶ
若人《わかうど》の琴にそひぬ。

つきかげは
やや傾ぶきぬ。
川柳《かはやぎ》に風やみぬ。
おもへらく、ああ我が望み、
かたぶきぬ、衰ろへぬ。
夢のあと、あはれ何処《いづこ》。

   二

月かげの
沈むにつれて、
白き額《ぬか》また垂《た》れぬ。
ああいのち、そはかの薔薇《さうび》、
蕾《つぼみ》なる束《つか》の間《ま》の
まだ咲かぬ夢の色か。

あるは又
なげきの丘に
ふと萌《も》えし夢小草《ゆめをぐさ》
根をひたすなげきの水に
培《つちか》はれ、かなしみの
犠《にへ》と咲く黄の小花か。

わが望み、
(夢の起伏《おきふし》、)
ゆめなれば、砂の上の
身は既に夢の残骸《なきがら》、
かたぶきぬ、おとろへぬ、
夢のあと、あはれいづく。

   三

月落ちて、
心沈みて、
声もなき暗の中、
琴は猶、のこる一絃《ひといと》、
雲路《くもぢ》にも星一つ、
『のぞみ』をば地にたたず。

たれし額《ぬか》、
ややにあがりぬ。
彼は云ふ、わが望み、
夢ならば永世《とこよ》の夢よ、
うつり行く『時』の影、
起伏は皆夢ぞと。

わかうどは
されたる絃《いと》を
星かげにつなぎつつ、
起《た》ちあがり、又勇ましく
ほほゑみて、砂の原
趁《お》ひ行きぬ、生命《いのち》の影を。

(甲辰十一月十九日) 

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