夕暮

食卓の上に燈《ひ》を置いて 母親のエプロン着の姿が しばらく窓際に見られた

昔 三人の子供が 円い卓をかこんだとき 皆《みな》の小さな手は三つ合せても 父の手にかなはなかつたがーー

とき折 一人の子供の姿が見喪はれた 父や母の心のなかで

家族が集まると 誰がさきともなくスプーンの音が初まつた 戸の外では夏の日が落ちて 夜のこほろぎが鳴きはじめた 思い出したやうに 一《ひと》しきり 話がはづんだ

考へてゐたのは 悲しんでゐたのは いつも そのうちの たつた一人であつた

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