かつて信仰は地上にあつた

でうすはいすらええるの野にござつて
悪しき大天狗小天狗を退治なされた。
「人は麦餠《むぎもち》だけでは生きないのぢや」
初手の天狗が出たとき
泥薄《でうす》如来の言はれた言葉ぢや
これぢやで皆様
ひとはたましひが大事でござらう。
たましひの罪を洗ひ浄めて
よくよく昇天の仕度をなされよ。
この世の説教も今日かぎりぢや
明日《あす》はくるすでお目にかからう。
南無童貞麻利亞《まりや》聖天 保亞羅《ぽうろ》大師
さんたまりや さんたまりや。

信仰のあつい人人は
いるまんの眼にうかぶ涙をかんじた
悦びの、また悲しみの、ふしぎな情感のかげをかんじた。
ひとびとは天を仰いだ
天の高いところに、かれらの真神《しんしん》の像《かたち》を眺めた。
さんたまりや さんたまりや。

奇異なるひとつのいめえぢ
私の思ひをわびしくする
かつて信仰は地上にあつた。
宇宙の 無限の 悠悠とした空の下で
はるかに永生の奇蹟をのぞむ 熱したひとびとの群があつた。
ああいま群集はどこへ行つたか
かれらの幻想はどこへ散つたか。
わびしい追憶の心像《いめえぢ》は、蒼空にうかぶ雲のやうだ。

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