2006-01-29から1日間の記事一覧

先駆者の詩

此の道をゆけ 此のおそろしい嵐の道を はしれ 大きな力をふかぶかと 彼方《かなた》に感じ 彼方をめがけ わき目もふらず ふりかへらず 邪魔するものは家でも木でもけちらして あらしのやうに そのあとのことなど問ふな 勇敢であれ それでいい 目次に戻る

大きな腕の詩

どこかに大きな腕がある 自分はそれを感じる 自分はそれが何処にあるか知らない それに就ては何も知らない 而《しか》もこれは何といふ力強さか その腕をおもへ その腕をおもへば どんな時でも何処からともなく此のみうちに湧いてくる大きな力 ぐたぐたにな…

溺死者の妻におくる詩

おんみのかなしみは大きい 女よ おんみは霊魂《たましい》を奪ひ去られた人間 おんみの生《ライフ》は新しく今日からはじまる その行末は海のやうだ そしてさみしい影を引くおんみ けふもけふとて人人はそれを見たと言ふ 何んにも知らずにすやすやとねむつた…

或る淫売婦におくる詩

女よ おんみは此の世のはてに立つてゐる おんみの道はつきてゐる おんみはそれをしつてゐる いまこそおんみはその美しかつた肉体を大地にかへす時だ 静かにその目をとぢて一切を忘れねばならぬ おんみはいま何を考へてゐるか おんみの無智の尊とさよ おんみ…

キリストに与へる詩

キリストよ こんなことあへてめづらしくもないのだが けふも年若な婦人がわたしのところに来た そしてどうしたら 聖書の中にかいてあるあの罪深い女のやうに 泥まみれなおん足をなみだで洗つて 黒い房房したこの髪の毛で それを拭いてあげるやうなことができ…

くだもの

まつ赤なくだもの 木の上のくだもの それをみたばかりで 人間は寂しい盗賊《どろぼう》となるのだ 此の手がおそろしい 目次に戻る

収穫の時

黄金色に熟れた麦麦 黄金色のビールにでも酔ふやうに そのゆたかな匂ひに酔へ 若い農夫よ 此処はひろびろとした畠の中だ 娘つ子にでもするやうに かまふものか 穀物の束をしつかり抱きしめてかつぎだせ 山のかなたに夕立雲はかくれてゐる このまに このまに …

記憶について

ぽんぽんとつめでひき さてゆみをとつたが いつしか調子はくるつてゐる ほこりだらけのヴアヰオリン それでもちよいと 草の葉つぱのどこかのかげで啼いてゐる あの蟋蟀《きりぎりす》の声をまねてみた 目次に戻る

一本のゴールデン・バツト

一本の煙草はわたしをなぐさめる 一本のゴールデン・バツトはわたしを都会の街路につれだす 煙草は指のさきから ほそぼそとひとすぢ青空色のけむりを立てる それがわたしを幸福にする そしてわたしをあたらしく 光沢《つや》やかな日光にあててくれる けふも…

大鉞

てうてうときをうてば まさかりはきのみきをかむ ふりあげるおほまさかりのおもみ うでにつたはるこのおもみ きはふるへる やまふかくねをはるぶなのたいぼくをめがけて うちおろすおほまさかり にんげんのちからのこもつたまさかり ああこのきれあぢ このき…

都会にての詩

都会はまるで海のやうだ 大波のよせてはかへす 此の海のやうな煤煙のそこで渦く 千万の人間の声声 よせてはかへす声の大波 大きな一つの声となり うねりくねり のたうちながらも人間であれ ああ海のやうな都会よ その街街家家の軒かげにて 飢ゑながら雀でさ…

刈りとられる麦麦の詩

ああ何といふ美しさだ 此のうつくしさは生きてゐる! みろ 麦畑はすつかりいろづき ところどころの馬鈴薯《じやがいも》と 蚕豆《そらまめ》と葱と菜つぱと 大きな大きなみはてのつかない此のうつくしさ 一めん黄金《きん》いろに麦は熟れ 刈りとられるのを…

波だてる麦畑の詩

わたしらを囲繞《とりま》くひろびろとした此の麦畑から この黄金色した畝畝の間だから 私はかうして土だらけの手を君達のかたへとさし伸べる 君達は都会の大煙筒のしたで 終日じつと何をかんがへてゐるのだ それが此の目にみえるやうだ ああ大東京の銀座街 …

郊外にて

赤土の痩せた山ぎはの畑地で みすぼらしい麦ぼが風に揺られてゐた わたしはすこし飢ゑてゐる わたしは何かをもとめてゐる 麦ぼの上をとほつてどこへ行くのか そよ風よ みどり濃く色づいた風よ 都会の空をみろ 煙筒の林のしたの街街を つばめはそのなかをとん…

此処で人間は大きくなるのだ

とつとつと脈うつ大地 その上で農夫はなにかかんがへる 此の脈拍をその鍬尖に感じてゐるか 雨あがり しつとりとしめつた大地の感触 あまりに大きな此の幸福 どつしりとからだも太れ 見ろ なんといふ豊富さだ 此の青青とした穀物畑 このふつくりとした畝畝 こ…

ザボンの詩

おそろしい嵐の日だ けれど卓上はしづかである ザボンが二つ あひよりそふてゐるそのむつまじさ 何もかたらず 何もかたらないが それでよいのだ 嵐がひどくなればなるほど いよいよしづかになるザボン たがひに光沢《つや》を放つザボン 目次に戻る

海の詩

どんよりとした海の感情 砂山にひきあげられた船船 波間でひどく揺られてゐるのもある はるか遠方の沖から こちらをさしてむくむくともりあがり 押しよせてくる海の感情 何処《どこ》からくるか この憂鬱な波のうねりは そこのしれないふかさをもつて 此の大…

歓楽の詩

ひまはりはぐるぐるめぐる 火のやうにぐるぐるめぐる 自分の目も一しよになつてぐるぐるめぐる 自分の目がぐるぐるめぐれば いよいよはげしく ひまはりはぐるぐるめぐる ひまはりがぐるぐるめぐれば 自分の目はまつたく嵩《かさ》み 此の全世界がぐるぐると…

荷車の詩

日向に一台の荷車がある だれもゐない ひつそりとしてゐる 木には木の実がまつ青である 荷車はぐつたりとつかれてゐるのだ そしてどんよりした低気圧を感じてゐるのだ 路上には濃い紫の木木の影 その重苦しい影をなげだした荷車 目次に戻る

雨の詩

ひろい街なかをとつとつと なにものかに追ひかけられてでもゐるように駆けてゆくひとりの男 それをみてひとびとはみんなわらつた そんなことには目もくれないで その男はもう遠くの街角を曲つてみえなくなつた すると間もなく 大粒の雨がぽつぽつ落ちてきた …

人間の午後

まだそこで わめきうめいてゐるのか ヴアヰオリン 何といふ重苦しい日だ 黒黒と吐かれる煤煙 大きなけむだしの彼方に太陽はおちて行く 此の憂鬱のどん底で うごめいてゐる生きものに幸あれ 祈祷の一ばんはじめの言葉 主よ、人間のくるしみはひまはりよりもう…

子どもは泣く

子どもはさかんに泣く よくなくものだ これが自然の言葉であるのか 何でもかでも泣くのである 泣け泣け たんとなけ もつとなけ なけなくなるまで泣け そして泣くだけないてしまふと からりと晴れた蒼天のやうに もうにこにこしてゐる子ども 何といふ可愛らし…

寝てゐる人間について

みろ 何といふ立派な骨格だ そしてこの肉づきは かうしてすつぱだかで ごろりとねてゐるところはまるで山だ すやすやと呼吸するので からだは山のうねりを打つ ようくお寝《やす》み ようくおやすみ ゆふべの泥酔《ゑひ》がすつかりさめて ぱつちりと鯨のや…

わすれられてゐるものについて

君達はひつ提げてゐる 各自《てんで》に梃子《てこ》よりも立派な腕を 石つころをも砕く拳を これはまたどうしたものだ それで人間をとり返へさうとはしないのか 全くそれを忘れてゐる そして馬鹿だと罵られてゐる 鉄のやうな腕と拳と 金銭《かね》で売買の…

人間に与へる詩

そこに太い根がある これをわすれてゐるからいけないのだ 腕のやうな枝をひき裂き 葉つぱをふきちらし 頑丈な樹幹をへし曲げるやうな大風の時ですら まつ暗な地べたの下で ぐつと踏張てゐる根があると思へば何でもないのだ それでいいのだ そこに此の壮麗が…

耳をもつ者に聞かせる詩

これが神の意志だ この力の触れるところ すべては砕け すべて微塵となる 高高とどんな物でもさしあげ、ふりあげる此の腕 そこに此の世界を破壊する憂鬱な力がこもつてゐるのだ 娘つ子はこんな腕でだき緊められろ 人形のやうな目のぱつちりしたあかんぼに む…

憂鬱な大起重機の詩

ぐつと空中に突きだした 腕だと思へ いま大起重機は動いた 重い大きなまつ黒いものをひつ掴んで それを軽軽と地面から空中へひき上げた 微風すらない 此の静謐をなんと言はうか 怖しいやうな日和だ 蟻のやうに小さく 大きな重いものの取去られたところに群つ…

其処に何がある

足もとの地面をみつめてかんがへてばかりゐる人間の腰ははやく彎曲《まが》る いたづらに嘆き悲しんではならない 兄弟よ あたまの上には何があるか 樹木のやうに真直《まつすぐ》立て そして垂れた頭をふりあげて高く見上げろ 其処に何がある この大きな青空…