雪尺余

あの人は死んでゐる
あの人は生きてゐる
私は 遠い都会から来た
今宵 哀しい報知《ほうこく》をきいて

駅は 貨物の列は
民家も燈《ひ》も 人の寂しい化粧《よそほひ》も
地にあるものは なべて白い

あの人は死んでゐない
あの人は生きてゐない
だが あの人は眠つてゐる
小さな町の 夜の雪に埋つて
ひとの憩ひの形に似て

雪のくるまへに頬がほてると
信濃の娘が私に告げた……

(神眠り 空あかるく
果樹が重たげに 身をゆすぶる
病む身の窓は 何処であらう)

私は知つてゐる
遙かな紅のいろを知つてゐる
雪の日のあの頬は生きてゐる

在天の知る限りの御名《みな》にかはり
今宵 雪つもる 白く積る

あの人は生きてゐる

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