2005-08-13 はるかなものに 詩 津村信夫 白い繭を破つて 生れ出た蛾のやうに 俺には 子供の成長が 実に不思議に思はれる 美しいもの―― とも考へる 俺は林の中に居を朴《ぼく》した 俺が老いるのは 子供が育つことだ それにはなんの不思議もない 風が来て 芙蓉の花が揺れる 俺は旅で少女と識した 古いことだ 昔のはなしだ 少女は俺の妻になつた その妻が 今 柱のそばに立つてゐる 子を抱いて 少し口もとで笑つて 風が吹く どのあたりから? 旅の空を はるかなものを 俺はもう忘れてしまつたのか 目次に戻る