詩人の枕

「吝嗇《りんしよく》な祖母の許に行くよりは 秋の野山に出て遊べ さう云つて 草深い土地の祖母は母に語り 母は娘に伝へてゆくと……詩人よ お前も あの山家の言葉を聴いたことがお有りか あの美しい野の果物の半球にしばし忘却を味はひはしなかつたか だが お前は 寧ろ都会の子供を知るがいい 車馬《しやば》の巷に 一片の駄菓子が欲しさに饑餓《きが》に泣いてゐる 夕陽に目を傷めてゐる あの否運な都会の子供を見るがいい 絶えず悪い心に呼ばれながら 戦《おのの》きながら 詩人よ 無限の果実は信じ難い お前には吝嗇な祖母が必要だ その祖母の呉れる皿の上は 秋の日に いかに情《つれ》なく お前の饑餓をそそることだらう それでいい 或は生涯その饑餓を訴へてゐればよい 信じられるのは その貧しい皿の上だけだ さうして お前はやがて目覚めて行くだらう 何に? おそらく 都会の子供の あの知性に」

私は大変不服であつた 詩神《ミユーズ》の言葉はそれだけだつた 目が覚めて渇きを感じた 私は枕の上にこぼれた月光をすくつた だが月光の類《たぐ》ひは私の口もとですぐに空しくなつた

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