晩夏
人の住んでゐない家の庭には雑草がはびこつてゐる。一茎ごとが目に見えない風に心もち戦《おのの》いて、蛙が白い腹を出して死んでゐる。一瞬の鱗の輝きが草むらに隠れる。
石造の家の壁にはもう久しく日が射してゐる。あの気の遠くなるやうな耐熱がぢりぢりと汗を流してゐる。
池をめぐつて、この稚拙なる人工の水底からこんこんと黒く汚ならしく沸くものは何であらう。もの皆の腐る匂ひのなかに、生れてくるものは何であらう。
人の住んでゐない家の庭には雑草がはびこつてゐる。その一茎ごとに蜻蛉《せいれい》がとまつてゐる。わずかに哀憐《あいれん》を光らして。
おこりつぽい耐熱は、あのいたいたしい赭顔《あからがほ》はもう身動きもしない静かさで、いつまでもいつまでも気の遠くなるやうな時の間を膏汗《あぶらあせ》を流してゐる。