2006-07-01 陽春 詩 萩原朔太郎 ああ、春は遠くからけぶつて来る、 ぽつくりふくらんだ柳の芽のしたに、 やさしいくちびるをさしよせ、 をとめのくちづけを吸ひこみたさに、 春は遠くからごむ輪のくるまにのつて来る。 ぼんやりした景色のなかで、 白いくるまやさんの足はいそげども、 ゆくゆく車輪がさかさにまわり、 しだいに梶棒《かじぼう》が地面をはなれ出し、 おまけにお客さまの腰がへんにふらふらとして、 これではとてもあぶなさうなと、 とんでもない時に春がまつしろの欠伸《あくび》をする。 目次に戻る