あどけない話

智恵子は東京に空が無いといふ。
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間《あひだ》に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多良山《あたたらやま》の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとうの空だといふ。
あどけない空の話である。