2004-06-29 あどけない話 詩 高村光太郎 智恵子は東京に空が無いといふ。 ほんとの空が見たいといふ。 私は驚いて空を見る。 桜若葉の間《あひだ》に在るのは、 切つても切れない むかしなじみのきれいな空だ。 どんよりけむる地平のぼかしは うすもも色の朝のしめりだ。 智恵子は遠くを見ながら言ふ。 阿多多良山《あたたらやま》の山の上に 毎日出てゐる青い空が 智恵子のほんとうの空だといふ。 あどけない空の話である。