双葉

花は咲かなかった
僕は泣かなかった

部屋には書籍が満ちていた
心にはしじまが
秋の空、近くの店で見つけた
ほころび始めた蕾《つぼみ》の姿で
淡紅色の花を咲かすという

駐車場に続くベランダの
洗濯物のその下で
ほっそりとした茎を伸ばしたその先に
大和撫子の香りただようその花を
ささやかな姿で咲かせた
人にも、そんなことができる
花と私には無声の声が満ちている
冬にも枯れずに座っていた

春になると青々と
色に揺られたその中に
雪のような花を咲かせた
私の心は穏やかで
空はうっすらとささらぐ
しじまの心には、ささやかな花が咲き
無声の声は、空をささらぐ
5月の風は、私を窓の外へ誘った

すずしい夏が過ぎ
秋空は絶えず時雨《しぐれ》を呼び続ける
私は汗をかかずに東北中を回った
雨が降っているから
水はいいだろう
植物は正直だ、偽ることは無い
愛情を注げば、美しい花を咲かす
人は賢い、偽ることが出来る
その変わり、ほおっておいても生きていく
その見本がここに居る

秋の七草のその花は、一花しか咲かなかった
しぼんだ後のあせた梔子色《くちなしいろ》しか見ていない
ここに、季節外れの朝顔の双葉がある
隣の夏咲いた朝顔は、枯れて茎だけになった
私は双葉に水を注ぐ
もう咲くことも出来ないだろう
冬の風が吹き降ろす街で
私は夏と秋の空に、頭を下げて謝った

    (2004.10.31)
 連日の出張から家に帰ってきて、ふと夜中に目覚めベランダに出た。枯れ葉の目立つ撫子、茎だけになった朝顔、季節外れに芽の出てきた新しい朝顔の双葉を見て途方にくれる。