或る風に寄せて

おまへのことでいつぱいだつた 西風《にしかぜ》よ
たるんだ唄《うた》のうたひやまない 雨の昼に
とざした窗《まど》のうすあかりに
さびしい思ひを噛《か》みながら

おぼえてゐた をののきも 顫《ふる》へも
あれは見知らないものたちだ……
夕ぐれごとに かがやいた方から吹いて来て
あれはもう たたまれて 心にかかつてゐる

おまへのうたつた とほい調べだ――
誰がそれを引き出すのだらう 誰が
それを忘れるのだらう……さうして

夕ぐれが夜《よる》に変るたび 雲は死に
そそがれて来るうすやみのなかに
おまへは 西風よ みんななくしてしまつた と

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