のちのおもひに

夢はいつもかへつて行つた 山の麓《ふもと》のさびしい村に
水引草《みづひきぐさ》に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午《ひる》さがりの林道を

うららかに青い空には陽《ひ》がてり 火山は眠つてゐた
――そして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

夢は 真冬の追憶のうちに凍《こほ》るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥《せきれう》のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

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