2005-02-27から1日間の記事一覧

忘れてしまつて

深い秋が訪れた!(春を含んで) 湖《みづうみ》は陽《ひ》にかがやいて光つてゐる 鳥はひろいひろい空を飛びながら 色どりのきれいな山の腹《はら》を峡《たに》の方に行く 葡萄《ぶだう》も無花果《いちじく》も豊かに熟《う》れた もう穀物の収穫ははじま…

夏の弔ひ

逝《ゆ》いた私の時たちが 私の心を金《きん》にした 傷つかぬやう傷は早く愎《なほ》るやうにと 昨日と明日との間には ふかい紺青《こんじやう》の溝がひかれて過ぎてゐる 投げて捨てたのは 涙のしみの目立つ小さい紙のきれはしだつた 泡立つ白い波のなかに…

虹とひとと

雨あがりのしづかな風がそよいでゐた あのとき 叢《くさむら》は露《つゆ》の雫《しづく》にまだ濡れて 蜘蛛《くも》の念珠《おじゆず》も光つてゐた 東の空には ゆるやかな虹がかかつてゐた 僕らはだまつて立つてゐた 黙つて! ああ何もかもあのままだ おま…

SONATINE No.2

夏花の歌

その一 空と牧場《まきば》のあひだから ひとつの雲が湧きおこり 小川の水面《すゐめん》に かげをおとす 水の底には ひとつの魚が 身をくねらせて 日に光る それはあの日の夏のこと! いつの日にか もう返らない夢のひととき 黙つた僕らは 足に藻草《もぐさ…

のちのおもひに

夢はいつもかへつて行つた 山の麓《ふもと》のさびしい村に 水引草《みづひきぐさ》に風が立ち 草ひばりのうたひやまない しづまりかへつた午《ひる》さがりの林道を うららかに青い空には陽《ひ》がてり 火山は眠つてゐた ――そして私は 見て来たものを 島々…

わかれる昼に

ゆさぶれ 青い梢を もぎとれ 青い木《こ》の実を ひとよ 昼はとほく澄みわたるので 私のかへつて行く故里《ふるさと》が どこかにとほくあるやうだ 何もみな うつとりと今は親切にしてくれる 追憶よりも淡く すこしもちがはない静かさで 単調な 浮雲と風のも…

晩き日の夕べに

大きな大きなめぐりが用意されてゐるが だれにもそれとは気づかれない 空にも 雲にも うつろふ花らにも もう心はひかれ誘はれなくなつた 夕やみの淡い色に身を沈めても それがこころよさとはもう言はない 啼《な》いてすぎる小鳥の一日も とほい物語と唄《う…

またある夜に

私らはたたずむであらう 霧のなかに 霧は山の沖にながれ 月のおもを 投箭《なげや》のやうにかすめ 私らをつつむであらう 灰の帷《とばり》のやうに 私らは別れるであらう 知ることもなしに 知られることもなく あの出会つた 雲のやうに 私らは忘れるであら…

はじめてのものに

ささやかな地異《ちい》は そのかたみに 灰を降らした この村に ひとしきり 灰はかなしい追憶のやうに 音立てて 樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきつた その夜《よ》 月は明《あかる》かつたが 私はひとと 窓に凭《もた》れて語りあつた(その窓からは山の姿…

SONATINE No.1

萱草に寄す

目次 SONATINE No.1 はじめてのものに またある夜に 晩き日の夕べに わかれる昼に のちのおもひに 夏花の歌 SONATINE No.2 虹とひとと 夏の弔ひ 忘れてしまつて