虹とひとと

雨あがりのしづかな風がそよいでゐた あのとき
叢《くさむら》は露《つゆ》の雫《しづく》にまだ濡れて 蜘蛛《くも》の念珠《おじゆず》も光つてゐた
東の空には ゆるやかな虹がかかつてゐた
僕らはだまつて立つてゐた 黙つて!

ああ何もかもあのままだ おまへはそのとき
僕を見上げてゐた 僕には何もすることがなかつたから
(僕はおまへを愛してゐたのに)
(おまへは僕を愛してゐたのに)

また風が吹いてゐる また雲がながれてゐる
明るい青い暑い空に 何のかはりもなかつたやうに
小鳥のうたがひびいてゐる 花のいろがにほつてゐる

おまへの睫毛《まつげ》にも ちひさな虹が憩《やす》んでゐることだらう
(しかしおまへはもう僕を愛してゐない
僕はおまへを愛してゐない)

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