はじめてのものに

ささやかな地異《ちい》は そのかたみに
灰を降らした この村に ひとしきり
灰はかなしい追憶のやうに 音立てて
樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきつた

その夜《よ》 月は明《あかる》かつたが 私はひとと
窓に凭《もた》れて語りあつた(その窓からは山の姿が見えた)
部屋の隅々に 峡谷のやうに 光と
よくひびく笑ひ声が溢れてゐた

――人の心を知ることは……人の心とは……
私は そのひとが蛾《が》を追ふ手つきを あれは蛾を
把《とら》へようとするのだらうか 何かいぶかしかつた

いかな日にみねに灰の煙の立ち初《そ》めたか
火の山の物語と……また幾夜さかは 果して夢に
その夜《よ》習つたエリーザベトの物語を織つた

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